田中翔太(たなかしょうた)は、何の変哲もないサラリーマンだった。
毎日決まった時間に家を出て、満員電車に揺られながら職場へ向かう。
帰宅するとコンビニ弁当を食べ、テレビをぼんやり眺めて眠るという単調な日々を繰り返していた。
そんなある日のこと。いつも通り家に帰った翔太は、自宅の郵便受けを開けて驚いた。
中には、黒い封筒が一通だけ入っていたのだ。
差出人の名前はなく、宛名は「田中翔太様」とだけ書かれている。
見たこともない手書きの筆跡だった。
不思議に思いながら封を切ると、中から一枚の紙が出てきた。
そこには、こう書かれていた。
「あなたの未来を一つだけ変えることができます。ただし、代償を支払う覚悟はありますか?」
「代償? なんだこれ、冗談だろうか…」と、翔太は首をかしげた。
しかし、紙にはさらに続きがあった。
「変えたいことをこの紙に記入し、再び封筒に入れて郵便受けに戻してください。翌日、結果が届けられます。」
翔太は半信半疑だったが、なぜか不気味な引力に引き寄せられるようにペンを取り、紙にこう書き込んだ。
「もっと収入の高い仕事がしたい」
封筒を再び郵便受けに戻し、いつものように眠りについた。
翌朝、目覚めるとスマートフォンの通知が大量に届いていた。
確認すると、なんと大手企業から複数の採用オファーが届いていたのだ。
それも、年収が今の3倍以上になるポジションばかりだった。
「まさか…本当に叶ったのか?」
翔太は興奮しつつも、あの黒い封筒のことが頭から離れなかった。
その夜、再び郵便受けを確認すると、また同じ黒い封筒が入っていた。
中には短いメッセージが記されていた。
「代償を支払う時が来ました。」
その瞬間、翔太の視界がぐらりと歪み、気を失った。
気がつくと、見知らぬ暗い部屋にいた。
壁一面にびっしりと、先ほどの黒い封筒が貼られている。
目の前には黒いローブをまとった男が立っていた。
「お前が願ったものは確かに叶った。しかし、この力には価格がある。お前の『時間』を一部いただこう。」
男の声は低く、不気味だった。
「時、時間? どういう意味だ?」
翔太が怯えながら問いかけると、男は冷たく笑った。
「お前の寿命から10年分だ。それが願いの代償だ。」
翔太は愕然とした。
しかし、男の瞳を見ていると逆らうことは不可能だと直感的に理解した。
その日から、翔太の人生は大きく変わった。
新しい職場で順調にキャリアを積み、豪華な生活を送るようになった。
しかし、彼は10年分の寿命を奪われたという事実を常に意識せざるを得なかった。
そして数ヶ月後、再び黒い封筒が届いた。
そこにはこう書かれていた。
「さらに望むものは何か?」
翔太は封筒を握りしめ、次の願いを考え始めた。
この終わりなき欲望の先に、彼は何を見出すのだろうか――。