山の女

ホラー

ある夏の夜、私は友人たちと山奥のキャンプ場で過ごしていた。
夜は涼しく、焚き火の周りで話をしていると、ふと一人が昔話しを始めた。

「このあたりには『山の女』っていう伝説があるんだ。聞いたことあるか?」

他の友人たちは興味津々だったが、私はその話を知っていた。
しかし、友人が話し始めたのを止めることなく、静かに耳を傾けた。

「『山の女』は、この山に迷い込んだ人を取り憑くという話だ。見た目は普通の女の人なんだけど、その正体は幽霊で、道に迷った人に優しく声をかけてくる。彼女についていくと、二度と戻ってこれないんだ。」

その話を聞いて、一人の友人が笑いながら言った。
「そんな話、信じるわけないだろ。幽霊なんて存在しないし、もし出てきたとしても簡単に逃げられるさ。」

私は心の中でその友人の言葉を軽率だと思った。
彼は山の恐ろしさを知らないのだ。
この山には確かに何かがいると私は信じていたからだ。

話が一段落すると、皆それぞれのテントに戻って寝る準備を始めた。
私もテントに入って寝袋にくるまり、静かに目を閉じた。
しかし、心のどこかで不安を感じていた。

夜中、私はふと目を覚ました。テントの外から何かが聞こえてくる。
それはかすかな足音だった。
最初は動物かと思ったが、人の足音に違いないと気づいた。
誰かがテントの周りを歩き回っている。

「誰だ?」私は小声で呟いたが、答えはなかった。

足音は次第に近づき、ついにテントの入り口で止まった。
私は恐る恐る入り口に手を伸ばし、ファスナーを少しだけ開けた。
すると、そこには白いワンピースを着た女が立っていた。

「誰ですか?」私は震える声で尋ねた。

彼女は微笑んで、「道に迷ってしまったんです。助けてくれませんか?」と言った。

その瞬間、私は恐怖に凍りついた。
彼女が『山の女』だと直感的に理解した。
しかし、体が動かない。私は何も言えず、ただ彼女を見つめることしかできなかった。

「一緒に行きましょう。」彼女は手を差し出した。
私は無意識のうちにその手を取ろうとしたが、突然、遠くから友人の声が聞こえた。

「おい、何してるんだ?」

その声で私は我に返り、すぐにテントのファスナーを閉じた。
外を見ると、女の姿は消えていた。友人がテントの外で心配そうに立っていた。

「大丈夫か?叫び声が聞こえたんだが。」

私は息を整え、事の経緯を説明したが、友人は信じてくれなかった。
彼は「夢でも見たんだろう」と言って、私を落ち着かせようとした。

翌朝、キャンプ場を後にする準備をしていると、一人の友人が急に「何かおかしいぞ」と言った。
私たちはその言葉に反応し、彼が指差す方向を見た。
そこには、昨夜まで確かにいたはずの友人の一人がいないことに気づいた。

彼は夜中にテントから出た形跡があったが、どこにも見当たらなかった。
私たちは必死に探し回ったが、結局見つけることができなかった。
警察にも連絡し、捜索が行われたが、彼はそのまま行方不明となった。

私はその後も何度も山に入って彼を探したが、何の手がかりも得られなかった。
だが、あの夜の出来事を思い出すたびに、彼が『山の女』に連れて行かれたのではないかという考えが頭を離れない。

その山には今も『山の女』が住んでいるという噂が絶えない。
迷い込んだ者を決して戻さない彼女の恐ろしい存在が、この地には深く根付いているのだ。

私たちは二度とその山に近づくことはなかったが、あの夜のことを忘れることもできない。
友人が消えた理由が本当に『山の女』だったのか、それとも別の何かだったのかは、誰にもわからないままだ。