彼女の名前は芽衣(めい)。
小さな町に住む芽衣は、幼い頃から自然の中で遊ぶのが大好きだった。
特に春になると、町外れの野原に自生するよもぎの香りに心を奪われていた。
芽衣の祖母は、町でも評判のよもぎ餅職人だった。
毎年春になると、芽衣と祖母は一緒によもぎ摘みに出かけた。
祖母の大きな籠と、芽衣の小さな籠が、鮮やかな緑色のよもぎでいっぱいになるまで、二人は野原を歩き回った。
祖母はよもぎの見分け方や、良い葉っぱの選び方を丁寧に教えてくれた。
その時間は、芽衣にとって何よりも特別なものであった。
ある年の春、芽衣はいつものように祖母とよもぎ摘みに出かけたが、その日はいつもとは違った。
祖母が「今年は特別なよもぎを探しに行くのよ」と言ったのだ。
芽衣は興奮と期待で胸を膨らませながら、祖母について行った。
二人は普段の場所よりもさらに奥深くまで進んで行った。
「ここだよ、芽衣ちゃん。特別な場所。」
祖母はそう言いながら、茂みをかき分けて進んだ。
目の前には、小さな清流が流れ、その周りには見たこともないほど美しいよもぎが生い茂っていた。
葉は瑞々しく、深い緑色で、触れるとほんのりと温かかった。
「このよもぎはね、特別な力があるんだよ。」
祖母は静かに語り始めた。
「昔、この町にはよもぎの精霊が住んでいてね、この清流のよもぎはその精霊の贈り物と言われていたんだ。でも、もう何年も誰もここに来ていないから、この場所は忘れられてしまったんだよ。」
芽衣はその話に引き込まれ、目の前のよもぎがまるで生きているかのように感じた。
祖母と一緒に摘んだよもぎを持ち帰り、家でよもぎ餅を作ると、その味はいつもとは比べ物にならないほど美味しかった。
餅に込められた精霊の力なのか、食べると体の中から元気が湧いてくるような気がした。
それからというもの、芽衣はますますよもぎが好きになり、毎年春になるとあの特別な場所へよもぎを摘みに行くのが恒例になった。
町の人々も、芽衣が作るよもぎ餅の評判を聞きつけ、次第にその存在を知るようになった。
芽衣は祖母の教えを守りながら、心を込めてよもぎ餅を作り続けた。
数年が経ち、芽衣は大人になった。
祖母は歳を重ね、体力も衰えてきたが、それでも春になると一緒によもぎ摘みに出かけるのが二人の楽しみだった。
ある年、祖母は芽衣にこう言った。
「芽衣ちゃん、私がいなくなったら、このよもぎを大切にしてね。この町の宝物だから。」
その言葉は芽衣の胸に深く刻まれた。
祖母が亡くなった後も、芽衣は祖母との思い出を大切にしながら、あの清流のよもぎを守り続けた。
町の人々も協力し、その場所を保護するための活動を始めた。
よもぎの精霊の話も広まり、町はよもぎの名所として少しずつ観光地化していった。
芽衣は町の小さなカフェを開き、そこでよもぎを使った様々なスイーツを提供するようになった。
よもぎ餅だけでなく、よもぎパン、よもぎクッキー、よもぎアイスクリームなど、どれも人気商品となった。
カフェには、祖母が教えてくれたよもぎ摘みの写真や、よもぎの精霊の伝説が紹介されているコーナーもあった。
ある日、町を訪れた旅行者が言った。
「このカフェに来ると、心が安らぐんです。ここで食べるよもぎスイーツは、他では味わえない特別な味がしますね。」
芽衣は微笑みながら答えた。
「それは、祖母から受け継いだよもぎの力なんです。よもぎには、人を元気にする不思議な力があるんですよ。」
旅行者は感動し、さらに多くの人々にこの町とよもぎの話を広めていった。
芽衣のカフェは、次第に全国的な評判を得るようになり、多くの人々が訪れる場所となった。
芽衣は毎年春になると、祖母と一緒によもぎ摘みに行ったあの清流の場所へ足を運び、変わらぬ感謝の気持ちを捧げた。
よもぎの香りに包まれながら、芽衣はいつも祖母との思い出と、よもぎの精霊の伝説を心に刻んでいた。
そして、芽衣はこう思うのだった。
「よもぎが大好きで良かった。祖母が教えてくれたこの宝物を、これからもずっと守っていこう。」
芽衣のよもぎに対する愛情は、これからも変わることなく続いていくのだろう。
よもぎと共に生きるその日々は、芽衣にとって何よりも大切な宝物だった。