面白い

月明かりの子守唄

ある村の外れに、小さな家がありました。そこには若い母親と、生まれて間もない赤ん坊が暮らしていました。父親は遠い町へ働きに出ていて、母と子だけで夜を過ごすことが多かったのです。夜になると、赤ん坊は不思議と目をぱっちり開け、泣き声をあげることが...
動物

きつねの贈りもの

山のふもとの小さな村に、一匹のきつねが住んでいました。そのきつねは他のきつねたちとちがって、村の人間にいたずらをすることも、鶏をぬすむこともありません。ただ、村の子どもたちが笑ったり、田畑で働く人たちが楽しそうにしているのを、木陰から静かに...
食べ物

けんちん汁の湯気の向こう

佐藤真由美は、週末の朝になると必ず市場に出かける。勤め先の小さな書店が休みの日だけの習慣だ。野菜の青い匂いと、威勢のいい掛け声に囲まれると、心がすっと軽くなる。真由美の目当ては決まっている。大根、里芋、ごぼう、にんじん、こんにゃく。季節によ...
食べ物

カニが好きだから

港町に暮らす青年・拓也は、子どもの頃から「カニ」が好きで仕方なかった。味もさることながら、赤く茹であがった甲羅の輝きや、ぎこちなくも力強い歩き方が、彼の心をとらえて離さなかった。漁師の父に連れられてカニかごを引き上げた日の胸の高鳴りは、今で...
面白い

空を渡る約束

小さな地方空港の片隅に、今はもう飛ばなくなった古い飛行機が展示されていた。銀色の機体はところどころ塗装が剥げ、翼には鳥の羽根が張り付いている。だが、その姿には不思議な温かさが宿っていた。春斗はその飛行機を見るのが好きだった。祖父に連れられて...
食べ物

殻が開くとき

北国の港町に暮らす浩一は、幼いころからホタテが好きだった。好きといっても、ただ食べるのが好きというだけではない。殻の模様や、潮の香りとともに焼かれる音、そして何よりもそれを囲む人々の笑顔――ホタテは彼にとって、家族の思い出そのものだった。父...
食べ物

白い細糸のひみつ

佐伯真一は、子どものころからえのき茸が好きだった。しゃぶしゃぶに入れたときのしゃくしゃくとした歯ざわり、鍋の底でひっそりと煮えて黄金色に変わった姿、そしてバターと醤油で炒めたときに漂う香り。そのどれもが、彼にとっては幼い日の記憶と結びついて...
食べ物

柑橘のきらめきを求めて

佐伯悠一は、食卓にポン酢がないと落ち着かない人間だった。朝の目玉焼きにも、昼の冷奴にも、夜の鍋や焼き魚にも、彼の隣には必ず琥珀色の瓶がある。酸味と旨味の調和、その一滴で料理がふっと華やぐ瞬間に、彼は日々の生き甲斐を見出していた。幼い頃、祖母...
食べ物

静かな漬けだれ

ラーメン屋「天光」の厨房は、昼の忙しさが一段落した午後のひととき、しんと静まり返っていた。カウンター越しに見える大鍋からは、まだ白濁した豚骨スープの湯気が立ちのぼり、店全体をやさしい香りで包んでいる。店主の亮介は、まな板にずらりと並んだ半熟...
食べ物

甘酸っぱい記憶

山あいの小さな村のはずれに、古い畑の跡があった。そこには耕す人もなく、石垣の隙間から風が通り抜け、季節ごとに草花が勝手気ままに伸びていた。その片隅に、ひっそりと根を張る木苺の茂みがあった。木苺は春になると白い小さな花を咲かせ、夏には赤く甘酸...