食べ物

かぼちゃ日和の午後に

「どうしてそんなに、かぼちゃが好きなんですか?」近所の子どもにそう聞かれて、僕は一瞬言葉に詰まった。理由なんて、考えたこともなかった。けれど、確かに僕はかぼちゃが好きだ。煮ても焼いても、蒸してもスープにしても、甘くて優しくて、どこか懐かしい...
食べ物

目玉焼きの朝

西山陽介(にしやま ようすけ)、35歳。独身。アパートの一室で静かに暮らしている。彼は派手な趣味もなく、社交的でもないが、一つだけ誰にも負けないほどの情熱を持っている。それは――目玉焼きだ。毎朝6時、陽介は目覚ましが鳴るよりも前に起きる。窓...
面白い

波の向こうへ

梅雨が明け、灼けつくような陽射しが海面を照らしていた。三十歳を過ぎたばかりの高橋悠人は、湘南の海岸に立っていた。会社を辞めて三ヶ月。理由を聞かれても「疲れた」としか言えなかった。毎日電車に揺られて同じ景色を見て、同じ資料を作り、同じようなメ...
動物

霧の森のヘラジカ

北海道、知床半島の奥深い原生林。霧が濃く立ちこめる朝、篠原涼(しのはら・りょう)はテントの前に腰を下ろし、静かに湯を沸かしていた。彼は東京の大学で動物行動学を教える准教授だが、この十年は毎年、夏の終わりになると知床の森に通い詰めていた。目的...
食べ物

もも飴と、ひとつぶの記憶

佐伯遥(さえきはるか)は、もも味の飴が大好きだった。それはもう、子供のころからの話で、ランドセルに忍ばせた小さな巾着袋には、必ず数粒のもも味のキャンディーが入っていた。甘くて、やさしい味。舐めると口いっぱいに春が広がるような気がした。「もも...
食べ物

なるとが主役の日

「なんでそこまで“なると”が好きなんだよ?」そう聞かれるのは、もう慣れっこだった。佐伯奏多(さえき・かなた)、高校一年生。彼は、ラーメン屋に行けばまず「なるとの量」を確認する。コンビニのカップ麺を選ぶ基準も、「なるとが入っているかどうか」。...
食べ物

お茶漬け日和

佐藤拓実(さとうたくみ)が初めてお茶漬けを美味しいと思ったのは、小学三年生の冬だった。母が風邪で寝込んだある日、冷蔵庫の中には半端な漬物と冷やご飯しかなかった。小柄な身体で台所に立ち、手探りで急須を使い、お湯を注ぎ、漬物を乗せて、食べた。味...
食べ物

小さなタコがくれたもの

篠原まことは、三十五歳の独身男性。製造工場で働く、どこにでもいるような普通のサラリーマンだ。ただ、一つだけ、彼には人にあまり言えない“好きなもの”があった。それは、タコさんウインナー。赤い皮に包まれた小さなウインナーを、下半分に切れ込みを入...
面白い

すずらんの誓い

高原の奥深く、誰にも知られていない小さな谷に、一面にすずらんが咲く場所があった。その谷は「白鈴の谷」と呼ばれ、春の終わりにだけ白くかすむように花開くという。人々はそれをただの伝説だと笑ったが、本当にその谷を知る者は、たった一人しかいなかった...
ホラー

囁く森

深い山奥に、「囁く森」と呼ばれる場所がある。正式な名前ではない。地元の人々がそう呼んでいるだけだ。そこでは、夜になると森が何かを囁くというのだ。風の音に紛れて、人の声のようなものが聞こえる。助けを求める声、泣き声、時には笑い声も。大学で民俗...