面白い

キラキラのかけら

町外れの古びた文房具店「つばめ堂」には、ひっそりと貼られたシール帳がある。陽に焼けた棚の隅に、それはまるで宝物のように置かれている。そんなシール帳を見つけたのは、小学六年生の早川ひなただった。ひなたは、キラキラしたシールを集めるのが大好きだ...
面白い

香りの扉の向こうへ

駅から少し離れた、古いレンガ造りの路地裏に、その店はある。木の扉に白いリースが飾られた「Candle Atelier LUNA」。看板には、小さく「香りは、記憶を連れてくる」と書かれている。店主は三好茉莉(みよし・まり)、三十歳。彼女はもと...
面白い

海の声を聞く人

潮の香りが混じる風が、朝の浜辺を優しく撫でていた。港町のはずれに住む青年・遥人(はると)は、毎朝決まって海辺の岩に腰を下ろし、水平線を眺めていた。何をするでもなく、ただ、波の音に耳を澄ませる。遥人が海を好きになったのは、幼い頃、祖父に連れら...
食べ物

塩と火と、鮭の香り

「鮭の塩焼きって、なんであんなに幸せな気持ちになるんだろうね」そう言いながら、湯気の立つ朝の食卓で箸を進めるのは、佐藤良太(さとう・りょうた)、三十五歳。地方の中小企業で経理をしている、ごく普通の独身男性だ。朝は白米に味噌汁、そして鮭の塩焼...
冒険

ぬいぐるみ探検隊と消えた月のかけら

夜の静けさが町を包むころ、子ども部屋の本棚の上に置かれたぬいぐるみたちは、そっと目を開けた。そこはぬいぐるみ王国「クッションランド」。人間たちが眠るときだけ、ぬいぐるみたちは自由に動けるのだ。その日、王国に異変が起きていた。空に浮かぶぬいぐ...
食べ物

レモンの木の下で

高校二年の春、陽太は初めて一人でレモンをまるごと一個かじった。酸っぱさで目の奥がジーンと痛み、しばらく口がきけなかった。だがその一撃が、まるで人生を変えるような衝撃だった。――これだ。それまで何に対しても無気力だった陽太は、レモンをかじった...
食べ物

ひと缶のやさしさ

夏の終わり、商店街のはずれにある古びた食料品店「まるや商店」では、毎年恒例の“在庫一掃セール”が始まっていた。棚の奥から引っ張り出された商品の中に、ひときわ目立つオレンジ色の缶詰があった。金色のふたに、レトロな字体で「特選みかん」と書かれた...
食べ物

白いスプーンの約束

冷蔵庫を開けるたび、結月(ゆづき)は無意識に生クリームの容器を探してしまう。小さなプラスチックのカップ、ふたを開けると、雪のようにふわりと盛り上がった白い山。スプーンですくえば、しゅわん、と音がするような気がして、口に含めば静かに消えていく...
食べ物

夏の丸い記憶

「今年も、来たなあ」六月の終わり、商店街の八百屋「山下青果」の店頭にスイカが並びはじめたとき、望(のぞみ)は心の中でそう呟いた。スイカが出始めると、夏が本当に来た気がする。汗ばむシャツと、昼間のセミの声と、縁側でかじったあの甘さと。スイカは...
動物

北の森のヌプリ

北海道の奥深い山中に、「ヌプリ」と呼ばれる一頭のヒグマが暮らしていた。アイヌ語で「山」という意味を持つその名は、まだヌプリが小熊だった頃、森で暮らす老人に名付けられた。ヌプリは生まれつき体が大きく、毛並みは深い焦げ茶色で、目は琥珀色に輝いて...