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レモンジンジャーの午後

大学を卒業してから、私はずっと同じ街に住んでいる。仕事は順調といえば順調だけれど、心のどこかにぽっかりとした空洞があった。毎日は繰り返しのようで、休日も家に閉じこもり、特別な趣味もなく過ぎていく。そんな私に、小さなきっかけを与えてくれたのは...
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きらめきの小箱

小さいころ、麻衣は母の裁縫箱を覗くのが好きだった。中には糸や針だけでなく、ガラスやプラスチックでできた色とりどりのビーズが詰まった小瓶がいくつも並んでいた。ふたを開けると、ころころと転がる音がして、それだけで胸がわくわくした。母はよく言って...
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潮騒の記憶

春の浜辺に吹く風は、ほんのりと潮の匂いを運んでくる。その匂いを胸いっぱいに吸い込みながら、健太はしゃがみこんで砂を掘っていた。熊手の先が「コツン」と何かに当たると、心が躍る。すぐに指で砂をかき分けると、小さな殻が顔をのぞかせた。「やっぱり、...
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静かな熟成の中で

春が過ぎ、梅の実が青く膨らむ頃になると、遥はそわそわし始める。庭の片隅に植えられた梅の木は、毎年たっぷりと実をつけ、その一つひとつを摘み取るのが彼女の楽しみだった。六月の湿った空気の中、かごを手に梅の枝を見上げる。青々とした果実が陽を浴びて...
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かりんとう屋「ほのか」の物語

商店街の一角に、小さなかりんとう専門店「ほのか」がある。暖簾をくぐると、甘く香ばしい匂いが鼻をくすぐり、揚げたての黒糖かりんとうが木箱に並んでいる。その店を営むのは、五十代半ばの女性・佐和子だ。佐和子がかりんとう作りに目覚めたのは、母の台所...
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イランイランの香りに包まれて

休日の午後、涼子は小さなアロマランプに火を灯した。オイル皿に数滴落としたのは、イランイランの精油。ふわりと甘く、どこかエキゾチックで、同時に安らぎを与えるような香りが部屋に広がっていく。目を閉じると、潮風が吹く南の島の景色が脳裏に浮かんだ。...
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出汁のぬくもり

幼いころ、台所の奥から聞こえてくるリズムが好きだった。トントントン……木の鉋が木材を削るような乾いた音。それは、母が鰹節を削る音だった。陽一は、削りたての鰹節を手のひらにのせてもらうのが楽しみでならなかった。薄く透けるほどのかけらを口に含む...
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甘い記憶のプリン

陽介は小さい頃からプリンが大好きだった。卵と牛乳の優しい味わい、カラメルのほろ苦さ、そのすべてが彼の心を温めてきた。幼稚園の頃、母が台所で作ってくれた手作りプリンは、彼にとって世界で一番のごちそうだった。母は決まって、白いカップにプリンを固...
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小さな実の大きな力

陽介は、幼いころからナッツの中でも特にピスタチオが好きだった。小さな殻を指先で割り、中から顔を覗かせる緑の実をつまみ出す瞬間に、なぜか胸が弾んだ。口に入れれば、香ばしくも優しい甘みが広がり、日常のどんな嫌なことも一瞬忘れられる気がした。彼の...
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たらこの赤いひかり

陽介は、幼いころから「たらこ」が好きだった。ご飯の上にのせて食べるときの塩気と旨味、パスタに絡めたときのまろやかさ、焼いたときの香ばしい香り。どんな形になっても、たらこは彼の心を満たしてくれる特別な存在だった。小学生のころ、母が朝の弁当に入...