面白い

白い時間

朝、冷蔵庫の扉を開けると、そこにはいつもの一本が待っている。白くて、静かで、どこか温かい気配を持った牛乳の瓶。真由はその姿を見るたび、少しだけ胸が落ち着くのを感じていた。彼女は小さな町のパン屋で働いている。開店は朝七時。空がまだ薄青く、街が...
面白い

夏空にとける

七月の終わり、陽炎のゆらめく公園に、色とりどりの水ふうせんが並んでいた。りんご飴のように赤、ラムネ瓶みたいな青、透きとおる緑。手に取るとひんやりしていて、指の間から水の感触が逃げていく。小学五年生の陽菜は、しゃがみこんでその一つをじっと見つ...
食べ物

ほうじ茶ラテのぬくもり

「いらっしゃいませ」木の香りがする小さなカフェの扉を押すと、優しい声が響く。会社帰りの夕暮れ、少し冷えた風に頬を撫でられながら、真琴は迷わずカウンター席に腰を下ろした。「いつもの、ですか?」バリスタの青年が笑顔で声をかけてくる。「うん、ほう...
食べ物

コーンスープのある午後

川島紗英は、子どもの頃からコーンスープが大好きだった。寒い冬の朝、母が温めてくれた缶入りのスープ。湯気とともに立ちのぼる甘い香りに、心も体もほっとしたのを今でも覚えている。大学を卒業し、東京で一人暮らしを始めた今も、コーンスープは彼女にとっ...
冒険

うさぎの大冒険

森のはずれの小さな丘に、一匹のうさぎが暮らしていました。名前はリリィ。ふわふわの白い毛と、ぴょこんと立った長い耳が自慢です。森の仲間たちに囲まれて暮らしていましたが、心の奥底にはいつも小さな願いを抱えていました。――この森の外の世界を見てみ...
食べ物

香りがつなぐもの

真奈は、休日の昼下がり、台所でスパイス瓶を並べていた。クミン、コリアンダー、ターメリック、ガラムマサラ。どれも香りを嗅ぐだけで、心が遠い国へ旅立つような気がする。今日は久しぶりにキーマカレーを作ろうと思っていた。キーマカレーは、真奈にとって...
食べ物

白雪堂の餅

雪がちらつくある冬の日、古い商店街の角にある小さな和菓子屋「白雪堂」に、ひとりの青年が足を踏み入れた。名を拓也といい、二十代半ばの会社員である。彼は誰よりも餅を愛していた。子どものころ、祖母がついてくれる正月の餅の味に心を奪われたのがきっか...
動物

孤独な牙と小さな手

山の奥深く、古い樹々が風にざわめく森に、一匹の狼が棲んでいた。名をつける者もいないその狼は、ただ群れからはぐれた流れ者として生きていた。仲間を失ったのは数年前の冬のことだ。雪嵐の夜、獲物を追いかけて谷に迷い込み、気づけば一匹だけが生き残って...
面白い

藁と生きる

山あいの村に、茂吉という男がいた。茂吉は幼いころから藁が好きでならなかった。田んぼから刈り取られた稲のにおい、手に触れたときのやわらかさ、束ねたときの頼もしさ。村の子どもたちが川で魚を追いかけて遊ぶ頃、茂吉はひとり、納屋に積まれた藁の山に潜...
面白い

静寂を包む香

佐織は小さな木箱を開けた。中には整然と並んだ細長い棒状のお香や、丸く固められた練り香が入っている。色合いは地味だが、それぞれ微妙に違う香木や花の香りを宿している。彼女にとって、それは日常を整えるための宝物だった。仕事から帰ると、まずお香を選...