面白い

黄昏レモンティー

静かな路地裏にひっそり佇む、レモンティー専門店「黄昏レモンティー」。木製の看板に描かれた一切れのレモンが、夕日に照らされると金色に輝く。店主の名は志村透(しむら とおる)、五十歳を目前にしてこの店を開いた。かつて透は広告代理店で働く忙しいサ...
食べ物

ロースハムの男

「違うんだ。これは“ロースハム”じゃない。ただの“ハム”だ。」薄く切られたピンク色の肉を前にして、男は眉間に深い皺を刻んだ。その名は岸川修一。五十を越えた独身男で、地元商店街では“ロースハムの岸川”として知られていた。人はなぜ、ロースハムに...
冒険

流氷の向こうへ ― 小さなアザラシの大冒険

北の果て、白銀の世界に覆われた海の上。そこに、小さなアザラシの子が暮らしていた。名前はユキ。まだ生まれて一年も経たない彼は、母親と共に流氷の上で遊びながら、狩りの練習をしていた。「ユキ、氷の下にはタラがたくさんいるわ。耳を澄まして、動きを感...
面白い

ビーチボールの空

真夏の午後、陽炎がゆらめく砂浜に、ひときわ目立つカラフルなビーチボールが空を舞っていた。強い海風に乗ってふわりと宙に浮かび、砂の上に落ちたかと思えば、また跳ね返って空を舞う。そのビーチボールを、まるで宝物のように目で追っていたのは、ひとりの...
食べ物

かぼちゃ日和の午後に

「どうしてそんなに、かぼちゃが好きなんですか?」近所の子どもにそう聞かれて、僕は一瞬言葉に詰まった。理由なんて、考えたこともなかった。けれど、確かに僕はかぼちゃが好きだ。煮ても焼いても、蒸してもスープにしても、甘くて優しくて、どこか懐かしい...
食べ物

目玉焼きの朝

西山陽介(にしやま ようすけ)、35歳。独身。アパートの一室で静かに暮らしている。彼は派手な趣味もなく、社交的でもないが、一つだけ誰にも負けないほどの情熱を持っている。それは――目玉焼きだ。毎朝6時、陽介は目覚ましが鳴るよりも前に起きる。窓...
面白い

波の向こうへ

梅雨が明け、灼けつくような陽射しが海面を照らしていた。三十歳を過ぎたばかりの高橋悠人は、湘南の海岸に立っていた。会社を辞めて三ヶ月。理由を聞かれても「疲れた」としか言えなかった。毎日電車に揺られて同じ景色を見て、同じ資料を作り、同じようなメ...
動物

霧の森のヘラジカ

北海道、知床半島の奥深い原生林。霧が濃く立ちこめる朝、篠原涼(しのはら・りょう)はテントの前に腰を下ろし、静かに湯を沸かしていた。彼は東京の大学で動物行動学を教える准教授だが、この十年は毎年、夏の終わりになると知床の森に通い詰めていた。目的...
食べ物

もも飴と、ひとつぶの記憶

佐伯遥(さえきはるか)は、もも味の飴が大好きだった。それはもう、子供のころからの話で、ランドセルに忍ばせた小さな巾着袋には、必ず数粒のもも味のキャンディーが入っていた。甘くて、やさしい味。舐めると口いっぱいに春が広がるような気がした。「もも...
食べ物

なるとが主役の日

「なんでそこまで“なると”が好きなんだよ?」そう聞かれるのは、もう慣れっこだった。佐伯奏多(さえき・かなた)、高校一年生。彼は、ラーメン屋に行けばまず「なるとの量」を確認する。コンビニのカップ麺を選ぶ基準も、「なるとが入っているかどうか」。...