動物

潮騒に耳を澄ませて

小さな港町で育った遥(はるか)は、物心ついたころから海が好きだった。朝、登校前に防波堤で潮風を浴び、放課後には浜辺で貝殻を拾った。夏休みになると、町外れの小さな水族館で開かれるイルカショーを、何度も何度も繰り返し観た。ジャンプのタイミング、...
面白い

静かなる厨房

昔ながらの商店街の一角に、小さな工房「まるや食品模型店」はひっそりと佇んでいた。そこでは、店主の原田慎一(はらだしんいち)が一人、食品サンプルを作り続けている。慎一は子どもの頃から、なぜか「偽物」が好きだった。プラスチックの果物、精巧なミニ...
動物

森のクッキー屋さん 〜くまのコンラッドの物語〜

深い森の奥、シダと木苺の茂る小道を進んだところに、小さなクッキーのお店がある。屋根には苔がふかふかに生え、煙突からはほんのり甘い香りが立ちのぼっている。お店の名は「クマのコンラッドのクッキー屋さん」。店主は、その名の通り、大きな体に優しい目...
面白い

和紙のひかり

小川紬(つむぎ)は、祖父の和紙工房で育った。岐阜の山奥、清流のほとりにある古びた工房は、春になると紙を漉(す)く音と水のせせらぎが響き合う。幼いころから、祖父が漉く和紙の白さに魅せられてきた。手にすると、冷たく、けれど温かい。指の先でそっと...
食べ物

あられ日和

春先、陽だまりの縁側に腰を下ろして、千夏は一粒のあられを口に運んだ。ぱりっと軽やかに砕け、甘辛い醤油の風味が広がる。幼い頃から変わらず好きな味だ。千夏の実家は、商店街のはずれにある小さな米菓子店「藤乃屋」。祖父が始め、父が継いだその店で、千...
面白い

池のほとりの約束

町はずれにひっそりとある小さな釣り堀「山岸つり池」。主である山岸達夫は、六十を過ぎた初老の男だった。背は低く、日焼けした肌に深い皺。いつも麦わら帽子を被り、寡黙だが笑うと少年のような表情を見せた。もともと達夫は都内でサラリーマンをしていた。...
面白い

セットの向こう側

高梨結衣は、小さな町の高校に通う二年生。特別、何かに夢中になれることもなく、毎日をなんとなく過ごしていた。そんな彼女が変わるきっかけは、ふとした偶然だった。ある日、友人に誘われて観に行ったテレビドラマの公開ロケ。人気俳優が来るとあって、現場...
食べ物

キャラメル色の約束

幼いころ、千尋は母の作るキャラメルが大好きだった。白砂糖と生クリームを鍋で煮詰め、ほんの少しの塩を落とす。甘さとほろ苦さが混ざり合った、あの黄金色のかけらは、母の手のひらの温もりそのものだった。「キャラメルはね、焦がす寸前がいちばん美味しい...
面白い

カブトムシ博士と呼ばれた男

大和(やまと)は子どもの頃からカブトムシが好きだった。朝の森に入り、腐葉土の山を掘り返し、木の幹に蜜を塗ってはじっと待つ。友だちがゲームやスポーツに夢中になる中、彼だけはカブトムシと向き合う時間に心を燃やしていた。大人になった大和は、昆虫学...
ホラー

夜更けのチャイム

美咲(みさき)が一人暮らしを始めたのは、大学進学の春だった。木造二階建ての古いアパート。築五十年は経っているというが、家賃が安く、通学に便利な場所だったため即決した。最初の数日は何も起きなかった。古い建物特有の、木がきしむ音も気にならない程...