食べ物

ラムの香りに誘われて

町の外れに「キッチン・バルバラ」という小さなレストランがある。洒落た名前に反して、出てくる料理はどれも気取らず、しかし驚くほど美味しいと評判だ。この店に、ほぼ毎日通ってくる常連客がいた。名前は有馬 透(ありま とおる)、三十五歳、独身、会社...
食べ物

ミックスジュースと月曜日

坂口遥(さかぐちはるか)は、毎週月曜日の朝にミックスジュースを飲む。それはもう、誰にも譲れない習慣だった。きっかけは二年前。遥がこの町に引っ越してきたばかりの頃、慣れない職場と一人暮らしのストレスで体調を崩しかけていた。そんなとき、たまたま...
食べ物

ビーフシチューの人

小さな町のはずれに、「クラール食堂」という古びた洋食屋がある。外観は年季が入り、赤茶けた看板にはうっすらと「創業 昭和四十三年」の文字。週末には観光客もちらほら訪れるが、常連の多くは地元の顔なじみだ。この食堂の名物は、なんといってもビーフシ...
食べ物

風のように甘く

その街には、風のようにやさしい味のするシフォンケーキを焼く小さな店があった。店の名前は「空色オーブン」。古びた商店街のはずれにひっそりと佇むそのお店は、表から見れば普通のベーカリーのように見えたが、店内にはシフォンケーキしか置かれていなかっ...
動物

リスのポンと森のキャンプ場

深い森の奥に、小さなリスが一人で営むキャンプ場がありました。その名も「どんぐりキャンプ場」。リスのポンが切り盛りしているこの場所は、季節ごとに違った顔を見せ、森の仲間たちに大人気でした。ポンは、働き者のリスです。春には草を刈り、夏にはテント...
面白い

火のゆらめきを見るひと

山の中の古びたキャンプ場に、焚き火だけを見に来る男がいる。名を田島という。年齢は五十を少し過ぎたころだろうか。季節を問わず、月に一度は決まってこの場所に現れては、小さな焚き火を起こし、何をするでもなく炎のゆらめきをじっと見つめて帰っていく。...
食べ物

きなこの味

きなこが好きだ、と彼女は言った。大学のキャンパスで初めて話したとき、彼女は手に持ったきなこ餅をひとくち食べながら、笑った。「こういう素朴な味って、なんか落ち着くんだよね。おばあちゃんを思い出すの」その笑顔が、あまりにも自然で、僕は一瞬で心を...
食べ物

赤飯の日

春の風がようやく冬の冷たさを追い払ったある朝、古びた一軒家の台所で、ふっくらと湯気を上げる蒸し器の中から、ほのかに甘く香ばしい香りが漂っていた。もち米に小豆の色がうつった、あの懐かしい赤いごはん——赤飯だ。「よし、炊けたね」ふたり分の赤飯を...
面白い

にんじんジュースの約束

深い森の奥、だれも知らない小さな村に、「にんじん村」というところがあった。そこでは、にんじんがまるで金のように大切にされていて、村人たちは毎朝、にんじんを丁寧に収穫し、特別な方法でジュースにしていた。この村のにんじんジュースは、ただの飲み物...
面白い

図書館の家

風間直樹(かざま・なおき)は、物心ついたときから本が好きだった。最初に読んだのは、色褪せた児童書――冒険もののファンタジーで、ページをめくるたびに異世界へと連れていかれる感覚に心を奪われた。以来、本は彼の世界の中心になった。高校では図書委員...