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海藻屋のしおり

小さな港町に、「海藻屋しおり」という看板を掲げた店があった。店主の名は本間しおり。三十代半ばの彼女は、町の誰よりも海藻が好きだった。わかめ、昆布、ひじき、アオサ、もずく——。乾物も生も、海藻という海の贈り物に彼女は目がなかった。子どもの頃か...
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ルイボスティーの午後

静かな午後、陽の光が古びたアパートの一室に柔らかく差し込んでいた。藍原美月(あいはら・みづき)は、お気に入りの白いカップにルイボスティーを注ぐ。赤みがかった透明な液体が湯気を立てるのを見つめながら、彼女はふっと息を吐いた。「やっぱり、この香...
食べ物

テールスープの香る場所で

冬の訪れを知らせる冷たい風が、東京の下町に吹き抜けていた。商店街の外れに、ひっそりとした食堂がある。「ヤマナカ食堂」と書かれた看板は、ところどころ塗装が剥がれ、年月を感じさせた。その食堂には、あるメニューがある。それは「テールスープ」だ。濁...
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赤土の庭

その村は、四方を山に囲まれていた。舗装された道はなく、バスも一日に二本しか来ない。けれど、その村には特別なものがあった。赤土だった。山肌も畑も、庭先までもが赤かった。鉄分を多く含んだその土は、雨に濡れると濃く深い朱に染まり、太陽の下では乾い...
食べ物

チョコレートの欠片

「板チョコって、地味でしょ?」そう言って笑ったのは、遥(はるか)がまだ東京の菓子メーカーに勤めていた頃だ。営業部にいた彼女は、日々の数字に追われ、商談に追われ、夢なんて口にする余裕もなかった。「でも、私は板チョコが好き。混ざりものがないぶん...
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霧の島の灯台守

嵐の夜、航海中の船が荒波に呑まれ、青年・タカシは意識を失った。目覚めた時、彼は見知らぬ浜辺に打ち上げられていた。周囲に人影はなく、聞こえるのは波音と風のざわめきだけ。そこは、地図にも載っていない無人島だった。タカシは助けを求めて島を歩き始め...
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黄昏レモンティー

静かな路地裏にひっそり佇む、レモンティー専門店「黄昏レモンティー」。木製の看板に描かれた一切れのレモンが、夕日に照らされると金色に輝く。店主の名は志村透(しむら とおる)、五十歳を目前にしてこの店を開いた。かつて透は広告代理店で働く忙しいサ...
食べ物

ロースハムの男

「違うんだ。これは“ロースハム”じゃない。ただの“ハム”だ。」薄く切られたピンク色の肉を前にして、男は眉間に深い皺を刻んだ。その名は岸川修一。五十を越えた独身男で、地元商店街では“ロースハムの岸川”として知られていた。人はなぜ、ロースハムに...
冒険

流氷の向こうへ ― 小さなアザラシの大冒険

北の果て、白銀の世界に覆われた海の上。そこに、小さなアザラシの子が暮らしていた。名前はユキ。まだ生まれて一年も経たない彼は、母親と共に流氷の上で遊びながら、狩りの練習をしていた。「ユキ、氷の下にはタラがたくさんいるわ。耳を澄まして、動きを感...
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ビーチボールの空

真夏の午後、陽炎がゆらめく砂浜に、ひときわ目立つカラフルなビーチボールが空を舞っていた。強い海風に乗ってふわりと宙に浮かび、砂の上に落ちたかと思えば、また跳ね返って空を舞う。そのビーチボールを、まるで宝物のように目で追っていたのは、ひとりの...