食べ物

ただいま、ごはん

小町悠(こまち ゆう)は、生まれたときからお米が好きだった。赤ん坊のころはミルクよりおかゆに喜び、小学生になるころには炊き立てのご飯の香りで目を覚ました。高校の卒業文集に「将来の夢:お米屋さん」と書いたほどである。だが、大学進学とともに都会...
不思議

星屑パン屋と流れ星の願い

とある小さな町に、「星屑パン屋」と呼ばれるパン屋があった。町外れの丘の上にぽつんと建っているその店は、夜になると不思議なことが起こる。パンが星のかけらのように光りだし、風に乗ってふわりと浮かぶこともあるという。そんな噂が子どもたちの間で囁か...
動物

あの坂の上で

坂の上に、古びた一軒家があった。町から少し離れたその家には、白髪まじりの老人と、一匹の秋田犬が暮らしていた。老人の名は中村誠一(なかむら せいいち)。定年を迎えて十年が過ぎ、今ではこの静かな町で、のんびりとした日々を送っている。秋田犬の名前...
食べ物

海の香りとフィッシュチップス

北の港町、シーブルック。冷たい潮風が通りをすり抜ける夕暮れ時、一軒の古びたフィッシュアンドチップスの店が小さな明かりを灯していた。その名も「ジョージの屋台」。店主のジョージは、白髪まじりの髭をたくわえた年老いた男で、50年以上も同じ場所で変...
面白い

ヒノキの香り

都会の騒がしさに疲れた遥は、仕事を辞めたその翌日に、電車を乗り継ぎ、山奥の小さな温泉宿へと向かった。深呼吸をするたびに胸の奥がざらつくようで、何もかもが自分の手からこぼれ落ちていく感覚に囚われていた。宿に着いたのは、午後の光が山の稜線を斜め...
食べ物

虹色キャンディとマコトの秘密

マコトは、カラフルなお菓子が好きだった。いや、「好き」という言葉では足りない。赤、青、緑、黄色、オレンジ、ピンク……パレットのように並んだキャンディやグミを見るだけで、彼の心は躍った。色が多ければ多いほど、味も香りも想像力も広がるのが楽しく...
面白い

前髪の向こう側

鏡の前で、茜は長く伸ばした前髪を指でつまんだ。目にかかるほどの前髪は、小学生の頃からのトレードマークだった。顔を隠すように垂れるそれは、彼女の「鎧」だった。人と目を合わせるのが苦手で、教室ではいつも隅の席を選んだ。話しかけられると、答えるよ...
面白い

発酵日和

東京の片隅、古びた商店街にひっそりと佇む小さな店がある。店の名は「発酵日和」。看板は木製で、手書きの文字が温かみを感じさせる。店主の名は水野沙耶(みずの さや)、三十七歳。もともとは広告代理店で働いていたが、激務とストレスにより心身のバラン...
面白い

フリージアの咲くころ

毎年、春になると駅前の花屋にフリージアが並ぶ。黄色や白、時には淡い紫のその花たちは、どれも陽だまりのような甘い香りをまとっていた。佐々木紘はその花を見るたびに、ある一人の女性のことを思い出す。――奈々。大学時代、サークルで出会った彼女は、ど...
動物

雨とドッグカフェ

木造の小さな家の一階部分を改装したドッグカフェ「いぬもあるけば」は、町外れの静かな通りにあった。店主の佐々木千景(ささき ちかげ)は三十代半ば。落ち着いた雰囲気をまとい、犬たちにはいつも穏やかな声で話しかけていた。カフェには看板犬の柴犬「も...