食べ物

あられ日和

春先、陽だまりの縁側に腰を下ろして、千夏は一粒のあられを口に運んだ。ぱりっと軽やかに砕け、甘辛い醤油の風味が広がる。幼い頃から変わらず好きな味だ。千夏の実家は、商店街のはずれにある小さな米菓子店「藤乃屋」。祖父が始め、父が継いだその店で、千...
面白い

池のほとりの約束

町はずれにひっそりとある小さな釣り堀「山岸つり池」。主である山岸達夫は、六十を過ぎた初老の男だった。背は低く、日焼けした肌に深い皺。いつも麦わら帽子を被り、寡黙だが笑うと少年のような表情を見せた。もともと達夫は都内でサラリーマンをしていた。...
面白い

セットの向こう側

高梨結衣は、小さな町の高校に通う二年生。特別、何かに夢中になれることもなく、毎日をなんとなく過ごしていた。そんな彼女が変わるきっかけは、ふとした偶然だった。ある日、友人に誘われて観に行ったテレビドラマの公開ロケ。人気俳優が来るとあって、現場...
食べ物

キャラメル色の約束

幼いころ、千尋は母の作るキャラメルが大好きだった。白砂糖と生クリームを鍋で煮詰め、ほんの少しの塩を落とす。甘さとほろ苦さが混ざり合った、あの黄金色のかけらは、母の手のひらの温もりそのものだった。「キャラメルはね、焦がす寸前がいちばん美味しい...
面白い

カブトムシ博士と呼ばれた男

大和(やまと)は子どもの頃からカブトムシが好きだった。朝の森に入り、腐葉土の山を掘り返し、木の幹に蜜を塗ってはじっと待つ。友だちがゲームやスポーツに夢中になる中、彼だけはカブトムシと向き合う時間に心を燃やしていた。大人になった大和は、昆虫学...
ホラー

夜更けのチャイム

美咲(みさき)が一人暮らしを始めたのは、大学進学の春だった。木造二階建ての古いアパート。築五十年は経っているというが、家賃が安く、通学に便利な場所だったため即決した。最初の数日は何も起きなかった。古い建物特有の、木がきしむ音も気にならない程...
面白い

森を編む人

町のはずれに、小さな苗木屋があった。看板には「森の手仕事」と手書きで書かれている。店主の名は志乃(しの)。三十代の女性で、祖父の代から続く苗木屋を一人で切り盛りしていた。彼女が育てるのは、街路樹に使われるケヤキや、庭に植えられるハナミズキ、...
食べ物

りんご色の約束

長野県・安曇野の小さな町に、ひとつのりんごジャム専門店が誕生した。店の名前は「林檎日和」。店主は三宅結衣、三十歳。長野生まれ、東京育ち。両親は果樹農家だったが、結衣が十歳のとき、農業をたたみ一家で東京へ引っ越した。結衣は東京で普通のOLにな...
食べ物

イワシ雲の向こうに

大地(だいち)は、子どものころから魚が好きだった。とりわけイワシ。小ぶりで、銀色に光るその姿に、どうしようもなく心惹かれた。初めて釣った魚がイワシだったこともある。海辺の町に生まれ、港近くの祖父の家に預けられるたび、彼は防波堤で竿を振った。...
面白い

床を這う勇者

田中陽向(たなかひなた)は、バレーボールが好きでたまらなかった。中学の入学式の日、体育館の端で見かけた先輩たちの練習に、陽向は心を奪われた。ジャンプして、ブロックの壁を抜く鋭いスパイク。仲間が叫び、必死でボールを追う姿気づけば、胸が高鳴って...