食べ物

からっと屋 ようへい

中川陽平は、唐揚げが大好きだった。好き、という言葉では足りないほどに。昼休みの弁当に入っていれば思わずガッツポーズし、商店街の惣菜屋で揚げたての香りを嗅げば、財布の紐がゆるむ。居酒屋ではメニューに目もくれず「とりあえず唐揚げ」と注文するのが...
食べ物

のり塩の記憶

風間紘一(かざまこういち)は、小さな町工場に勤める四十五歳の独身男だ。朝は七時半に起き、八時には駅前のコンビニで缶コーヒーと菓子パン、そして必ず「のり塩味」のポテトチップスを買うのが習慣だった。誰に強制されたわけでもない。ただそれが、彼の「...
食べ物

タルトの時間

午後三時のカフェには、特別な静けさがあった。日差しがガラス越しに差し込み、木のテーブルに柔らかな影を落とす。その席に、今日も律子は座っていた。律子は三十五歳。都内の出版社で編集の仕事をしている。きっちりしたスーツに身を包み、効率と納期の世界...
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海の森を守る人

瀬戸内海に面した小さな町に、海藻の生態を研究している一人の女性がいた。名前は高梨(たかなし)柚子、三十五歳。かつて東京の大学で海洋生物学を専攻し、卒業後は研究所に勤めていたが、都会の喧騒と距離を置くようにして故郷の町へ戻ってきた。彼女が心を...
動物

はじめてのうみ

海の青さが朝日に照らされて、キラキラと輝いていた。岩の隙間に、小さなふわふわのかたまりがひとつ。そう、それは生まれたばかりの赤ちゃんラッコのリオだった。リオはお母さんラッコのお腹の上で、ぽかぽかと日差しを浴びながら、ゆっくりと目を開けた。海...
食べ物

椿屋(つばきや)の灯り

古びた木造家屋の前に、小さな白い提灯が揺れている。そこには墨で「和食処 椿屋」と書かれていた。暖簾をくぐると、木の香りがふわりと鼻をくすぐる。カウンター七席と、小上がりがひとつ。決して大きくはないが、どこか懐かしく、落ち着く空間だ。この店を...
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銀色の夢、青の地球

杉山遼は、幼いころからずっと、宇宙服に憧れていた。初めて宇宙の映像を見たのは、小学一年生の冬。テレビに映る国際宇宙ステーションと、そこに滞在する宇宙飛行士の姿に、息をのんだ。無重力の中でふわふわと漂う彼らの背中にある白い宇宙服――分厚く、機...
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マリーゴールドの手紙

祖母の庭には、毎年夏になるとマリーゴールドが咲き誇った。橙と黄色の混ざったその花たちは、まるで太陽の欠片のようにまぶしく、子どもの頃の私は、それを見るたびに心が浮き立ったものだった。高校を卒業し、東京の大学に進学した私は、地元に帰ることが少...
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バケットハットと夏の追憶

蒼井遥(あおいはるか)は、バケットハットが好きだった。きっかけは、小学五年生の夏休み。母親が近所の手芸教室で作ってくれた、白地にひまわり模様のバケットハットが始まりだった。それを被ると、夏の匂いが一気に広がった気がした。照りつける太陽、アス...
食べ物

透明なスープの向こう側

小山涼太(こやまりょうた)は、塩ラーメンを愛してやまない男だった。こってり濃厚な豚骨も、甘辛い味噌も悪くはない。だが、涼太の心を掴んで離さないのは、あの澄んだ黄金色のスープと、ほんのりとした塩のやさしさ。食べるたびに心が洗われるようで、身体...