ホラー

鏡の奥の家族

春の終わり、大学の新生活にも慣れ始めた頃。沙耶(さや)は、古びたワンルームマンションに引っ越した。安さと駅近が決め手だったが、内見のとき、やけに大きな姿見が壁に固定されているのが気になった。「これは前の住人が置いていったものですが、外そうと...
面白い

三角屋根の向こうに

幼い頃、奈央は母の読んでくれる絵本が大好きだった。特にお気に入りだったのは、一冊の外国の絵本。緑の草原にぽつんと建つ、白い壁と赤い三角屋根の家。その家には大きな窓があり、光があふれ、煙突からはいつも温かい煙が立ちのぼっていた。「こんな家に住...
食べ物

パンの香りがする家

佐和子(さわこ)は四十歳を過ぎたあたりから、家でパンを焼くようになった。もともと料理は嫌いではなかったが、毎日の食事作りに追われるうち、ただの「義務」になっていた。そんなある日、近所のパン屋で買った焼きたてのくるみパンを口にした瞬間、胸の奥...
面白い

風の音が聞こえる

中村陸(なかむら・りく)、二十歳。彼は物心ついたときから空手をやっていた。父は町道場の師範で、少年の頃は家でも道場でも常に父の厳しい指導があった。泣いた日も数知れない。だが、拳と足でぶつかり合うあの瞬間にだけ、自分の心がすべて解き放たれるよ...
食べ物

きんぴらごぼうの向こう側

「ごぼうは、土の香りが命なの」そう言って、佳乃(よしの)は今日も黙々ときんぴらごぼうを炒めていた。彼女は三十七歳。東京・下町にある小さな惣菜店「よし乃の台所」の店主だ。店の一角には、きんぴらごぼうだけを目当てに通う常連客たちの姿がある。ごぼ...
冒険

白い風のルカ

ルカは、真っ白な毛並みをした日本スピッツの男の子。くるんと巻いたしっぽと、どこか誇らしげな立ち姿が印象的だった。飼い主のカズキと東京の郊外で暮らし、毎日公園を散歩し、おやつをねだっては丸くなって昼寝をする。のんびりとした日々。しかし、ルカに...
食べ物

干物日和

潮の香りがかすかに漂う、静かな港町。その一角に、小さな暖簾が揺れる店がある。白地に青い墨で「干物日和」と染められたその文字に、足を止める人は決して多くはないが、一度入った客の多くは、再びその扉をくぐる。店主は、山本涼(やまもと・りょう)、三...
動物

川辺の住人ヌートリア

静かな町の外れ、小川のせせらぎが響く場所に、ヌートリアのリオは住んでいた。ふさふさした茶色い毛と、くりくりとした目を持つリオは、家族とともに川辺の巣穴で暮らしている。リオは生まれたときからこの川で育ち、葦の茂みを泳ぎ回ったり、草の根っこをか...
食べ物

オリーブとローズマリーの午後

陽の光が斜めに差し込むキッチンの窓辺で、佐伯美咲は今日もフォカッチャの生地をこねていた。ベージュ色のリネンエプロンを身につけ、腕まくりをして、小麦粉とオリーブオイルの香りに包まれている。生地の手触りが手のひらに心地よく、リズムよく力を込めて...
面白い

静寂の音に耳をすます

朝霧がまだ残る京都の小径を、木村沙織は静かに歩いていた。両手には手帳と万年筆、肩にはお気に入りのリュック。彼女の趣味は寺巡り。特に古いお寺の静寂の中に身を置くと、心のざわつきが洗い流されるような感覚になるという。かつては都内の広告代理店で働...