食べ物

イワシ雲の向こうに

大地(だいち)は、子どものころから魚が好きだった。とりわけイワシ。小ぶりで、銀色に光るその姿に、どうしようもなく心惹かれた。初めて釣った魚がイワシだったこともある。海辺の町に生まれ、港近くの祖父の家に預けられるたび、彼は防波堤で竿を振った。...
面白い

床を這う勇者

田中陽向(たなかひなた)は、バレーボールが好きでたまらなかった。中学の入学式の日、体育館の端で見かけた先輩たちの練習に、陽向は心を奪われた。ジャンプして、ブロックの壁を抜く鋭いスパイク。仲間が叫び、必死でボールを追う姿気づけば、胸が高鳴って...
食べ物

鶏むね日和

日曜の朝、佳乃はいつものように近所のスーパーに向かう。目的はただ一つ。鶏むね肉の特売だ。カートを押しながら精肉コーナーに向かうと、冷ケースの上に「国産鶏むね肉 100g 38円」の札が輝いていた。佳乃は内心、小さくガッツポーズを決める。周囲...
食べ物

赤のひとかけ

大阪の下町で、遥(はるか)は小さな唐辛子専門店「赤のひとかけ」を営んでいた。カウンターだけの店には、乾燥唐辛子、オイル漬け、粉末、ペースト、果ては唐辛子を使ったチョコレートまでが並び、壁一面が赤と深紅で埋め尽くされている。遥は辛いもの好きと...
冒険

ポメの森の大冒険

ふわふわの毛に包まれた小さなポメラニアン、ココは、町はずれの一軒家で暮らしていた。ココは飼い主のさくらが大好きだったが、ひとつだけ心に秘めた夢があった。それは――家の外の世界を、自分の足で歩いてみること。いつもは庭までしか出してもらえない。...
食べ物

朝焼けとフランスパン

澄んだ朝の空気を吸い込むと、心まで清められる気がした。高橋咲良は、まだ街が目覚めきらない午前五時、ひとりパン屋の扉を開ける。「おはようございます」静かに挨拶をして、咲良は厨房の電気をつける。彼女が焼くのはフランスパン。それだけ。クロワッサン...
面白い

セーヌに浮かぶ手紙

七月の朝、アンヌはサン・ルイ島のカフェに座って、いつものカフェ・クレームをすすった。目の前には、朝焼けに染まるセーヌ川。ノートルダムの尖塔が川面に映り、船がゆっくりと通り過ぎる。アンヌは観光客ではない。二年前に日本から越してきて、パリの古本...
食べ物

ペロペロキャンディとミユの夏

ミユは子どもの頃から、ペロペロキャンディが好きだった。どんなに大人になっても、あのカラフルでぐるぐると渦を巻いた飴を見るだけで、心が躍った。幼い頃、祖母の家に遊びに行くたび、ミユは町角の駄菓子屋に立ち寄った。そこで祖母が一つだけ買ってくれる...
面白い

ガラスの向こうの未来

小さな町の図書館に、謎めいた本があった。表紙には「元素と人類」とだけ書かれ、誰が借りたのかもわからない古びた本。中学二年の圭介は、たまたま手に取ったその本に心を奪われた。見たこともない周期表、化学式、そして原子の構造図。無数の粒が集まり、形...
食べ物

黒の粒の美学

黒瀬翔子(くろせしょうこ)は、スパイス専門店「胡椒館(こしょうかん)」の店主だ。東京・下北沢の路地裏にひっそりと構えるこの店は、看板も目立たず、通りすがりの人にはカフェかギャラリーのように見える。それでも、一歩中に入れば、所狭しと並んだ瓶詰...