食べ物

赤いソースの記憶

佐伯美咲は、昼休みになると決まって社食には向かわず、会社の近くにある小さな洋食屋「グリル山本」に足を運ぶ。暖簾のように下がった赤いカーテンをくぐると、店主の山本が「いつもの?」と聞いてくる。美咲は笑って「もちろん」と返す。そう、彼女の「いつ...
動物

森の語り部・シロヘビ

深い森の奥、誰も近づかない古い大樹の根元に、一匹の白いヘビが棲んでいました。名前はシロ。年齢は誰にもわからず、森の動物たちの間では「千の季節を知る者」として知られていました。シロは特別な力を持っていました。森で起こった出来事や動物たちの記憶...
食べ物

あたたかな一杯

冬の朝、窓の外には白い息を吐くように雪が降っていた。小さな喫茶店「すずらん」の厨房で、店主の美咲は玉ねぎを刻んでいる。包丁がまな板を打つ軽やかな音と、玉ねぎ特有の甘い香りが、まだ冷たい空気の中にゆっくり広がっていく。美咲がこの店で一番大切に...
面白い

流れ星の約束

八月の夜、町の灯りが届かない丘の上に、彩夏は毛布を敷いて寝転がっていた。昼間は蝉がうるさいほど鳴いていたが、今は虫の声と遠くの川のせせらぎだけが耳に届く。頭上には、満天の星。空気が澄んでいるせいか、手を伸ばせばつかめそうなほど輝いていた。「...
面白い

白の記憶

古いアトリエの奥、埃をかぶった木製トルソーに、一着のウェディングドレスがかかっていた。長い年月を経て色はわずかにアイボリーへと変わっているが、胸元の繊細なレースや裾の刺繍は、まだ息をのむほど美しい。佐倉美咲は、そのドレスを見上げて立ち尽くし...
不思議

月映(つきばえ)の池

――村のはずれに、小さな池がある。周囲をぐるりと囲むように柳が立ち、風が吹くたびに細い枝が水面をくすぐる。池は深くも広くもないが、不思議と一年中、水が澄んでいた。夏の終わりには白い睡蓮が咲き、冬でも氷が厚く張らない。その池のそばに、よく座っ...
食べ物

ベーグル日和

朝、目が覚めると同時に、結衣はベーグルのことを考える。もちっとした食感、香ばしい香り、焼きたての湯気。仕事に向かう前の慌ただしい時間でも、ベーグルだけは欠かせない。彼女がベーグルに出会ったのは三年前。ニューヨーク旅行の最終日、ホテル近くの小...
面白い

風のベンチ

朝の光が差し込む小さな町の公園。すべての季節を穏やかに受け入れるその場所を、沙耶は十年以上も通い続けている。年齢は三十二。独身。事務職として平日は都内のビルで働いている。電車に揺られ、書類をさばき、エクセルを開いては閉じる。特別なことはない...
食べ物

たまご色のしあわせ

古川日和(ふるかわひより)がオムライスに恋をしたのは、小学二年生の夏だった。母が作ってくれた、ふんわりたまごに包まれたチキンライス。その上に描かれた不器用なケチャップのスマイルマーク。それが、どんな高級レストランの料理よりも、彼女の心を満た...
動物

風のマングース

島の西側に広がる草原に、一匹のマングースが住んでいた。名前はクー。小柄でしなやかな体つき、琥珀色の瞳が特徴の若いマングースだった。クーの住む島には、昔から伝わる言い伝えがあった。「風の谷にたどり着いた者は、本当の強さを知る」。マングースの一...