ホラー

雲の底で

夜の便だった。羽田を出たのは午後八時すぎ。窓の外はすでに黒く沈み、雲の上に浮かぶ月だけが機体の翼を銀色に照らしていた。搭乗してから一時間ほど経ったころ、客室乗務員がドリンクを配り終えた。周囲の客は眠ったり、映画を見たりしている。私は読みかけ...
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エメラルドの湖

山あいの小さな村の奥に、エメラルド色に輝く湖があった。名を「翠湖(すいこ)」という。朝日を受ければ翡翠のように、夕暮れには金を溶かしたように輝くその湖は、村人たちにとって特別な存在だった。湖のほとりには、一軒の小さな茶屋がある。主人の志乃は...
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湯けむりの約束

春の終わり、山あいの温泉地「湯ノ里」は、まだ桜の花びらが川面を流していた。古びた湯宿「松の湯」の女将・綾乃は、湯煙に包まれたその景色を、縁側からぼんやりと眺めていた。綾乃は温泉が好きだった。湯に浸かる瞬間、体の芯までじんわりと熱が染み込んで...
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秋色の約束

十月の風が、街路樹の間をすり抜けていく。その風に乗って、橙や黄、赤の葉が舞い落ちる。まるで誰かが上から絵の具を散らしたように、地面は色とりどりの模様で覆われていた。春香はしゃがみ込み、手のひらにそっと一枚の葉を乗せた。縁が少し焦げたように茶...
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緑の息吹の中で

熱気が肌にまとわりつく。湿った空気の中、ユウは深呼吸をしてから一歩を踏み出した。ジャングルの中は、まるで生き物の体内に入ったようだった。木々が頭上を覆い、光は無数の葉を透かして緑の粒となって降り注ぐ。遠くで鳥の鳴き声、虫のざわめき、そしてと...
RPG

蒼き結晶の記憶

森の奥深く、霧に包まれた村「ルーネ」。そこに、一人の少年・リアンが暮らしていた。彼は村の鍛冶屋の息子で、剣を鍛えるよりも古い遺跡を探ることに夢中だった。ある日、森の奥で蒼く光る結晶を見つけた瞬間、彼の運命は大きく変わる。手にした結晶から、声...
食べ物

波間の緑の珠(たま)

海ぶどうを初めて食べたのは、小学生の夏休み、沖縄の親戚の家だった。陽射しが強く、砂が焼けるように熱い日。縁側のテーブルに並んだ大皿の上で、ぷちぷちとした緑の粒が陽の光を受けてきらめいていた。祖母が笑いながら「これが海ぶどうさ」と言って、酢醤...
動物

雪の上の約束

――北海道の冬は、長く、静かだ。森の奥、白い息を吐きながら、一匹のキタキツネが歩いていた。名はユキ。まだ若い雌のキツネで、胸の毛が少しだけ金色に輝くのが自慢だった。雪に覆われた地面を踏みしめるたび、きゅっ、きゅっ、と乾いた音が響く。ユキは飢...
食べ物

黄色のやさしさ

幼いころ、真由の誕生日ケーキはいつも同じだった。母が焼く、ふわふわのシュークリームタワー。その中には、黄金色のカスタードクリームがたっぷり詰まっていた。ひと口かじると、甘くてあたたかい香りが口いっぱいに広がる。卵のやさしさ、牛乳のまろやかさ...
食べ物

レーズンパンの朝

駅前の小さなベーカリー「ブロート・ハウス」には、毎朝決まって七時半に現れる客がいる。名は加奈子。三十代半ば、派手さはないが、どこか柔らかな雰囲気をまとった女性だ。彼女がいつも頼むのは、焼き立てのレーズンパン。「ひとつください」それだけを言っ...