ホラー

路地裏の赤い手形

その街には、誰もが知っているが口には出したがらない都市伝説があった。駅前から少し離れた古い商店街の裏手、人気のない細い路地を真夜中に通ると、壁に赤い手形が浮かび上がるというのだ。ただの落書きだろう、酔っぱらいがつけた手垢だろう。そう笑い飛ば...
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金木犀の下で

秋の風が少し冷たさを帯びてきた頃、町の路地裏に金木犀の香りが漂い始める。橙色の小さな花が塀越しにのぞくと、人々は立ち止まり、懐かしいものを胸いっぱいに吸い込む。香りは記憶を呼び覚ます扉のようで、誰かにとっては子どもの頃の帰り道であり、誰かに...
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梅昆布茶は心を結ぶ

春の風がまだ肌寒さを含んでいたある日、商店街の片隅に小さな茶舗「一服庵」があった。棚には緑茶やほうじ茶の缶が並び、奥には古びた急須や茶器が整然と置かれている。その店に一つ、控えめに目立たぬよう置かれていたのが「梅昆布茶」であった。梅昆布茶は...
食べ物

小さな実が結ぶもの

南国の太陽がじりじりと地面を焼き、潮風が葉を揺らす小さな港町に、ひとりの青年が住んでいた。名をリオといい、町で唯一のナッツ職人だった。彼は毎日、乾いた風にさらされる木々の実を拾い集め、塩で炒ったり甘く煮詰めたりして、港に立ち寄る旅人たちに売...
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木の温もりを伝える箸

山あいの小さな町に、古びた工房を構える箸職人・庄吉がいた。年は七十を越え、白髪と深い皺が刻まれていたが、その眼差しは木を前にすると若者のように輝いた。庄吉の箸は「手に馴染む」と評判で、遠くの都会からも注文が来るほどだった。しかし彼は決して大...
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風を越えて

中学二年の春、陸上部の練習場に並ぶ白いハードルを前に、遥(はるか)は足を止めていた。背丈ほどもあるそれらは、彼女にとって巨大な壁のように見えた。「走るのは好きだけど……これを飛び越えるなんて」短距離が得意で入部したはずなのに、顧問に勧められ...
食べ物

白い層のひみつ

喫茶店「ミモザ」は、小さな駅前の路地にある。木製のドアを押して入ると、いつもほんのり甘い香りが漂っている。その香りの源は、店主の遥(はるか)が毎朝仕込むケーキだった。彼女がとりわけ心を込めて作るのが「レアチーズケーキ」だ。雪のように白く、口...
動物

森の王、虎の誇り

深い森の奥に、一頭の虎がいた。名を呼ぶものは誰もいない。ただ「王」とだけ、獣たちに呼ばれていた。金色に輝く眼と、縞模様の毛並みは、夜の闇でもその存在を隠しきれないほどの威厳を放っていた。王は力強く、誰よりも速く、そして何よりも誇り高かった。...
ホラー

海の底の囁き

夏の夜、港町の古い桟橋には、今でも誰も近づかない時間がある。潮が一番満ちる丑三つ時。海面は静まり返り、風ひとつ吹かないのに、底から「声」が湧き上がるというのだ。大学生の悠真は、地元の友人からその噂を聞いた。都市伝説の類だと笑い飛ばしたが、ど...
食べ物

ブリと生きる港町

冬の港町は、潮の香りとともに冷たい風が頬を撫でていく。漁師町で生まれ育った健一にとって、この季節は特別だった。氷のような空気のなかで脂がのり、身が引き締まったブリが水揚げされる。それを待ちわびるのは漁師だけではない。町の人々も、そして健一自...