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誰にも届かなかった夜

夜は、誰かに届くために存在しているのだと、彼はずっと思っていた。街の明かりが消え、電車の音も遠ざかるころ、古いアパートの一室で彼は窓を開ける。風はほとんど吹かず、カーテンだけが微かに揺れた。夜は深く、静かで、まるで耳を澄ませているようだった...
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静かに残る灯り

町の外れに、取り壊しを待つ古い発電所があった。送電線はすでに切られ、建物は夜になると真っ暗になるはずだったが、なぜか一つだけ、奥の制御室に小さな灯りが残っていた。誰もその理由を知らない。子どもたちは「幽霊のランプ」と呼び、大人たちは見ないふ...
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世界の端で待ち合わせ

世界の端には、古いベンチがひとつだけ置かれている。地図には載っていないが、確かにそこは世界の端だった。海でも崖でもなく、ただ地面がそこで終わっていて、その先は薄い光の霧に溶けている。踏み出そうとすれば足は宙に浮き、引き返すこともできる。不思...
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昨日に置いてきたもの

朝、靴ひもを結ぼうとして、結べないまま立ち尽くした。指先は動くのに、なぜか輪が作れない。昨日、何かを置いてきたせいだと、理由もなく思った。それは駅前の古い歩道橋の下だった。夕方、雨が降り始め、信号待ちの人波が濁った川のように揺れていた。わた...
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まだ終わっていない話

夜になると、この町では未完の話が増える。たとえば、駅前の古い掲示板に貼られたままの募集広告。「至急。続きを探しています。」とだけ書かれ、連絡先は途中で消えている。雨ににじんだ文字は、まるで書いた本人が言葉を言い切れなかったみたいだ。僕は未完...
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不具合としての優しさ

そのロボットは、感情を持ちすぎてしまった。本来なら、人の声に反応し、命令を処理し、最適な答えを返すだけの存在だった。けれど彼は、言葉の「意味」だけでなく、その裏に滲む感情まで拾ってしまうように作られていた。「ありがとう」その一言に、胸の奥―...
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やさしい雨の理由

彼女が泣くと、雨が降る。それは生まれたときからの、どうしようもない事実だった。最初に気づいたのは母親だった。赤ん坊の彼女が声をあげて泣くと、晴れていた空が急に曇り、ぽつり、ぽつりと雨が落ちてくる。偶然だと思われていたが、何度繰り返しても同じ...
不思議

ポストに届く、まだ来ない今日へ

毎朝七時、目覚まし時計よりも少し早く、私はポストの音で目を覚ます。カタン、という控えめな金属音。それは決して郵便配達の時間ではない。最初に気づいたのは、三月の終わりだった。ポストを開けると、白い封筒が一通入っていた。差出人も住所もない。表に...
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怒りが色になるまで

その世界では、人は怒ると色が変わった。ほんの苛立ちなら頬が淡く黄ばみ、強い怒りは赤や紫へと深まる。激怒すると、黒に近い色が皮膚を覆い、もはや言葉よりも雄弁に感情をさらしてしまうのだった。だから人々は、感情を抑える術を幼いころから教え込まれる...
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夕暮れに話す木

夕方になると、あの木は声を出す。それを知っているのは、町でたぶん僕だけだ。学校からの帰り道、川沿いの土手に一本だけ残された古い木が立っている。幹はねじれて、皮はところどころ剥がれ、枝は空に向かって不格好に伸びている。周りはもうコンクリートで...