動物

心でつながる声なき友だち

冬の朝、白い息を吐きながら登校する道すがら、蓮は一本の川沿いで立ち止まった。霜に縁取られた草むらの中で、小さく丸くなっている黒い影に気づいたからだ。近づくと、それは細い体を震わせている一匹の犬だった。首輪はなく、声を出そうとしても喉の奥で空...
不思議

雨にだけ現れる人たち

放課後、校門を出た瞬間、空が泣き出した。大きな雨粒がアスファルトを叩き、世界の輪郭を少しずつ溶かしていく。傘を忘れたことに気づいた私は、しばらく軒下で雨宿りをするつもりだった。けれど、その時――人の流れの中に、おかしな存在が混じっているのに...
面白い

卒業式だけの言葉

教室の隅に座る彼は、いつも静かだった。名前は佐伯。出席番号の点呼に小さく手を挙げる以外、誰かと話しているところをほとんど見たことがない。授業中は黒板を真っすぐ見つめ、休み時間は窓の外を眺めている。その横顔に話しかけてみようと何度も思ったが、...
動物

春を探すクマ

雪は音を飲み込む。白い森に、しんとした静けさが降り積もっていた。――本当なら、いまごろは夢の底にいるはずだった。クマのトオルは、大きなあくびをひとつして、鼻先を赤くしながら空を見上げた。冬眠のために作ったはずの巣穴は、落ちてきた古い木の枝で...
食べ物

見えないまちの案内猫

夜更けの路地で、白い息を吐きながら私は迷っていた。見慣れたはずの帰り道が、雨ににじんだネオンの中でまるで別の迷路に変わってしまったみたいだった。スマートフォンの地図はぐるぐる回るばかりで、どちらが家なのかもわからない。立ち止まったとき、足元...
面白い

さよなら、鏡の中の私

部屋の隅に立てかけられた、縁の古い姿見。その鏡の中には、いつも“もう一人の私”がいる。朝、寝癖を直そうと鏡の前に立つと、鏡の中の私は、私より少しだけ早く微笑んだ。「おはよう」声にはならない声が、唇だけで伝わってくる。私は思わず小さく会釈した...
ホラー

知らない友達

駅前の写真屋で現像をお願いしたのは、休日の小さな楽しみのようなものだった。スマホで見るより、紙に焼いた写真の方が、記憶に触れる気がする――そう思っていた。封筒から写真を抜き出した瞬間、指が止まった。どの写真にも、見覚えのないひとりの少女が写...
不思議

おかえり、ポコ

商店街のはずれに、小さな古道具屋があった。色あせた看板と曇ったガラス。店先には、誰かの時間を静かに抱えたものたちが並んでいる。その棚の奥に、一匹のくまのぬいぐるみが座っていた。名前は“ポコ”。胸のボタンは一つなく、右耳には小さなほつれ。けれ...
不思議

夜になると動き出す図書館の本たち

町のはずれに、古い石造りの図書館がある。昼間は子どもたちの笑い声やページをめくる音でにぎわい、夜になると静かな闇に包まれる。その扉が閉ざされるときこそ、図書館の「もうひとつの時間」が始まるのだ。夜の十二時の鐘が遠くで鳴る。すると最奥の本棚の...
食べ物

赤いきゅうりの約束

小さな商店街のはずれにある八百屋の前を通るたび、涼子の足は自然と止まった。山のように積まれたきゅうりの緑が、夏の記憶をそっと呼び起こすからだ。彼女はオイキムチが好きだった。ただ「好き」という言葉では足りないくらい、胸の奥が少しあたたかくなる...