食べ物

湯気の向こうの甘み

冬の台所には、静かな湯気が立ちのぼっていた。鍋の中でコトコトと鳴るのは水ではない。網の上に並べられた野菜たちが、ゆっくりと蒸される音だった。この家の主人、七十を過ぎた早苗は、揚げ物も濃い味付けも、いつの間にか作らなくなっていた。若い頃は、家...
動物

春を編むバービー

春の風がやわらかく森を渡るころ、小川のそばの白樺の木に、バービーという小さな鳥が暮らしていた。バービーは灰色の羽に淡い青の差し色をもつ、森ではあまり目立たない存在だったが、巣作りの腕前だけは誰にも負けなかった。冬の名残が消え、土の匂いが濃く...
動物

黒い影の番犬

町外れに、長い間空き家になっている古い洋館があった。赤茶色のレンガは風雨に削られ、門の鉄は錆びついている。誰も近づかないその屋敷の前に、いつも一匹のドーベルマンが座っていた。漆黒の体に引き締まった筋肉、鋭い目つき。遠くから見れば、まるで影が...
食べ物

丘に立つ、二本のりんごの木

丘の上に、一本のりんごの木が立っていた。その木は村でいちばん古く、いちばん静かな存在だった。幹には深いしわが刻まれ、枝は何度も折れ、また伸びてきた痕跡を残している。春になれば白い花を咲かせ、夏には青い葉を揺らし、秋には赤く丸い実を実らせ、冬...
動物

雪原をかける約束のトナカイ

北の果て、終わりの見えない雪原の真ん中に、小さな集落があった。そこでは何十頭ものトナカイが暮らし、人々の大切な仲間として荷物を運び、旅人を導き、時には命を救う存在として尊ばれていた。そんな群れの中に、一頭だけ少し変わったトナカイがいた。名は...
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星降る谷のモミの木

深い山の奥、白い雪がしんしんと降り積もる静かな谷に、一本の若いモミの木が立っていた。まだ背は高くなく、枝も細い。それでも冬の星空の下で、凛とした輪郭を保ち、冷たい風にも折れずに揺れていた。この谷の木々には、昔からひとつの言い伝えがあった。「...
動物

森の小さな子リスのパン屋さん

森の朝は、まだ薄い霧に包まれていた。木々の葉の隙間から、やさしい金色の光が差し込み、眠っていた森の仲間たちをゆっくりと目覚めさせる。そんな静かな時間の中で、一番早く動き出すのは――子リスのルナだ。ルナは、森でただ一つの“小さなパン屋さん”の...
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ひだまりを追いかけて

春の風がまだ少し冷たいある朝、佐伯あかりは目を覚ますと、まずカーテンの隙間から差し込む光の色を確かめた。やわらかな金色――その瞬間、胸の奥がふっと温かくなる。あかりは小さな頃から「太陽のにおい」が好きだった。洗い立ての布団に染み込んだ日差し...
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夕陽にひびくピンポンの音

夕方の体育館には、ピンポン球の軽やかな音が響いていた。「カン、カン、コツン。」その規則的なリズムに耳を澄ませているのは、中学一年生の結城凛。小柄で物静かな彼女は、春から卓球部に入ったものの、まだ一度も公式試合に出たことがなかった。理由は簡単...
動物

青い鳥の物語

深い森のはずれ、小さな村にティナという少女が住んでいた。ティナは生まれつき体が弱く、長い距離を歩くことができなかった。そのため、村の子どもたちが野原を駆け回って遊ぶ姿を、いつも窓辺から眺めるだけの日々を送っていた。そんなティナの唯一の楽しみ...