冒険

夕暮れの探検隊

夕暮れの町には、人間の知らない道がある。屋根と屋根の間、塀の上、路地裏の影。その道を地図も持たずに歩く者たちがいた――野良猫探検隊だ。隊長は、右耳の先が少し欠けた灰色猫のギン。年齢は誰にもわからないが、町の匂いを読む力は誰よりも鋭い。副隊長...
面白い

グラスに注がれた二つの時間

古い港町の坂の途中に、看板も目立たない小さな酒屋があった。木の扉を開けると、ほの暗い店内に静かな時間が流れ、棚には色とりどりの瓶が並んでいる。その中央の棚に、いつも並んで置かれている二本のワインがあった。深い紅をたたえた赤ワインと、淡い金色...
面白い

掌の庭 ― 手の記憶をやさしく包む店 ―

冬のはじまり、古い商店街の裏通りに「掌(てのひら)の庭」という小さなハンドクリーム専門店があった。看板は控えめで、気づかずに通り過ぎてしまう人も多い。それでも扉を開けると、ほのかに甘く、どこか懐かしい香りが迎えてくれる。店主のミサキは、毎朝...
食べ物

香りが残る午後 ― ゆずシャーベットの記憶

夏の午後、商店街のはずれにある小さな喫茶店「ミナト」には、いつも同じ時間に同じ客がやってくる。その人は三十代半ばの女性で、窓際の席に座り、メニューを開く前からこう言う。「ゆずシャーベットを、ひとつください」彼女の名前は澪(みお)。近くの出版...
面白い

音を選ぶ人

町のはずれに、ひとりで暮らす青年がいた。名をソウタという。彼は、生まれつき「ものすごく耳がいい」人だった。遠くの踏切が下りる前の、金属がわずかに軋む音。雲が流れるときに風が変わる、その境目の気配。人が言葉にする前の、胸の奥で揺れたため息まで...
食べ物

ブロッコリーのある食卓

彼女の冷蔵庫には、いつもブロッコリーがあった。特売の日にまとめて買ったもの、新鮮な緑がまぶしいもの、少し茎が太いもの。どれも彼女にとっては同じくらい愛おしい存在だった。朝は軽く塩ゆでにして、昼はオリーブオイルとレモンで和え、夜はにんにくと一...
面白い

溶けるまでの一歩

冬のはじまり、町外れの小さな公園で、一つの雪だるまが生まれた。丸い胴体に少し曲がった鼻、煤で描かれたにこやかな目。名はまだない。けれど、夜明け前の静けさの中で、彼はふと「歩いてみたい」と思った。月が雲に隠れた瞬間、冷たい風が吹き抜ける。雪だ...
不思議

走れ、ぬくもりのジンジャーマン

むかしむかし、雪の降る町はずれに、小さな菓子工房がありました。古いオーブンと木の作業台、甘いスパイスの香りに満ちたその場所で、ある冬の夜、一人のパン職人が特別な生地をこねていました。生姜、シナモン、クローブ。最後にひとさじのはちみつを加え、...
不思議

石垣の影の小人たち

森と町の境目に、古い石垣が連なっている場所があった。昼間は誰も気にも留めない苔むした石の影だが、夜になると、そこは小人たちの世界へと姿を変える。背丈は人の手のひらほど、靴は木の実の殻、帽子は枯れ葉で編まれている。彼らは自分たちを「縫い目守り...
食べ物

時間を食べるパン屋 ― 小さなシュトーレンの店 ―

冬の初め、石畳の通りの角に、小さなシュトーレン専門店があった。木の看板には、少し掠れた文字で「ブロートハウス・リーベ」と書かれている。店は古く、扉を開けるたびに鈴がやさしく鳴り、甘くスパイスの効いた香りが通りにこぼれた。店主のマルタは白髪混...