面白い

足元で見ていた人生

私は、街外れのゴミ置き場に並べられた一足の靴だ。右足のかかとはすり減り、左足の甲には、雨の日にできた深いしみが残っている。誰ももう振り向かないけれど、私は確かに、ひとりの人間の人生を足元から見てきた。最初に彼に履かれたのは、春だった。箱を開...
不思議

一日一文字、忘れていく

その日記帳は、最初から少しおかしかった。表紙は無地で、いつ買ったのかも覚えていない。けれど、机の引き出しを開けたとき、そこにあるのが自然に思えたから、私は何も考えずに使い始めた。一日目。「今日は新しい日記を書き始めた。特別なことはなかったけ...
ホラー

名を持たない部屋の影

古いアパートの三階、いちばん奥の部屋には、表札がない。郵便受けも空のまま、呼び鈴も壊れたまま。それでも人づてに、その部屋は「名前を呼んではいけない部屋」と呼ばれていた。正式な番号もあるはずなのに、皆、口ごもる。声に出した瞬間、何かに届いてし...
面白い

地図の外で待つ場所

古びた本屋のいちばん奥、埃をかぶった棚の影に、その本はあった。背表紙には金色の文字で「地図帳」とだけ書かれている。けれど開いてみると、そこに載っているのはどの地図にもない場所ばかりだった。ページの端には、かすれた字で注意書きがある。——ここ...
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世界の端で言葉を拾う

世界の端は、だれも見たことがない場所だと言われている。けれどリラは、そこがたしかに存在することを知っていた。なぜなら、風にまぎれて落ちてくる“言葉のかけら”を、何度も拾ったことがあるからだ。リラの村は、谷と雲の間にひっそりと挟まれている。朝...
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影を探しに行った日

朝、ユウは目を覚まして気づいた。自分の足もとに、いつも一緒にいたはずの「影」がなかった。部屋の床はただ白く、窓から差し込む光だけが淡く伸びている。手を振ってみても、立ち上がってみても、壁に映るはずの黒い形はどこにもない。「どこに行ったんだよ...
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返事をくれるラジオ

夕方になると、古い家の柱がきしみ、障子の向こうで風が鳴く。机の上には、祖父が最後まで大事にしていた茶色のラジオが置かれていた。角はすり減り、つまみは銀色の塗装がはげている。私が生まれる前からあったらしいそれは、今ではもう電源を入れても、砂嵐...
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届かない手紙のポスト

町はずれの小さな郵便ポストの前に、春菜は今日も立っていた。ポストの赤は少し色あせて、角のところにかすかな傷がある。彼女はその傷を指先でなぞってから、そっと白い封筒を差し入れる。からん、と軽い音。手紙は、今日もどこへも届かない。宛先はいつも同...
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条件だらけの神様と、一つだけの願い

街外れの古い神社は、地図にも名前が載っていない。鳥居は傾き、絵馬は色あせ、風鈴の音だけが澄んで響いていた。中学生の春斗は、その神社に偶然迷いこんだ。誰もいないはずの拝殿の前で、ぽん、と指を鳴らす音がした。「やっと来たなあ。――待ちくたびれた...
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終わりに流れた歌

古いオルゴールは、棚の隅で静かに眠っていた。木の箱には小さな傷が無数に刻まれ、金色だった飾りはくすんでいる。蓋を開けば、まだバラの模様が faint に光るけれど、ぜんまいは重く、音はところどころで途切れる。誰かに触れられることもなく、季節...