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ミニチュアに宿る世界

木村絵里は、小さなものに心を奪われる人だった。小学校のころから、消しゴムやボタンを集めては机の中に並べ、ひとりで想像の街を作っていた。周りの友達がリカちゃん人形やカードゲームに夢中になっても、絵里の関心はその付属品――小さな机や小物のほうに...
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月影に映る願い

ある町のはずれ、小さな路地裏にひっそりと佇む銀細工の工房があった。看板には「月影工房」と刻まれ、昼間でも店内はどこか薄暗く、棚には光を抑えたような不思議な輝きを放つ銀のアクセサリーが並んでいた。この工房を営んでいるのは、初老の職人・佐久間だ...
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チーズタルトの物語

小さな商店街の一角に、古びた青い屋根の建物があった。そこには「パティスリー・エトワール」という洋菓子店があり、看板商品は濃厚なチーズタルトだった。店を営むのは、四十代半ばの女性、三枝(さえぐさ)玲子。夫を早くに亡くし、一人娘の美咲を育てなが...
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冬の路地の焼き芋屋

十二月の風は、町の角を曲がるたびに鋭く頬を刺した。吐く息は白く、空は早くも夕暮れの色を帯びている。春香は手袋の中で指先をぎゅっと握り、帰り道を急いでいた。仕事納めまであと一週間。デスクワークで冷えきった身体に、早くこたつのぬくもりが恋しい。...
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沢に舞う光の約束

山あいの小さな集落に、夏の夜だけ特別な光景が広がる沢があった。日が沈み、あたりが群青色に染まるころ、沢沿いの草むらからふわりと光が舞い上がる。ホタルだ。それも、町ではほとんど見かけなくなったゲンジボタルが群れをなし、まるで星が地上に降りてき...
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白い身の約束

港町に暮らす拓真は、小さいころから魚が好きだった。とくに、父がたまに釣ってきてくれるヒラメの刺身は、子ども心にも特別な味がした。透き通るような白身に、かすかに光る縁取り。口に入れると、歯ごたえは柔らかくも張りがあり、噛むごとにほのかな甘みが...
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おはぎ日和の店主

春の空気がまだ冷たさを残す三月の初め、商店街の端に小さな暖簾がかかった。白地に墨で「おはぎ日和」と書かれたその暖簾をくぐると、ふんわりと甘い香りが鼻をくすぐる。店主の名は 山村里穂。三十五歳。もともとは東京で事務職をしていたが、三年前に母を...
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夕焼け坂の約束

町の西側には、ゆるやかにのびる長い坂道がある。地元の人たちは、それを「夕焼け坂」と呼んでいた。夕暮れ時になると、坂の上から町全体が茜色に染まり、海の向こうまでオレンジ色の光が広がっていく。それは、まるで世界が一度だけ息を潜め、時間が止まった...
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ラベンダーティーの午後

その日、空は淡い水色にけぶり、春先の柔らかな風が庭を撫でていた。美咲は小さな木のテーブルにティーポットを置き、カップに静かに注いだ。湯気とともに、ふわりとラベンダーの香りが漂う。紫色の小花を思わせるその香りは、どこか懐かしく、胸の奥の柔らか...
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ライ麦色の朝

駅前の小さなパン屋「クローネベーカリー」は、朝の7時になると必ず甘い香りとほんのり酸味を帯びた香りが混ざった空気に包まれる。それは店主・岡田信一が焼き上げる、看板商品のライ麦パンの匂いだ。その香りを求めて、毎朝必ず現れる客がいる。佐藤絵美、...