食べ物

食べ物

鶏むね日和

日曜の朝、佳乃はいつものように近所のスーパーに向かう。目的はただ一つ。鶏むね肉の特売だ。カートを押しながら精肉コーナーに向かうと、冷ケースの上に「国産鶏むね肉 100g 38円」の札が輝いていた。佳乃は内心、小さくガッツポーズを決める。周囲...
食べ物

赤のひとかけ

大阪の下町で、遥(はるか)は小さな唐辛子専門店「赤のひとかけ」を営んでいた。カウンターだけの店には、乾燥唐辛子、オイル漬け、粉末、ペースト、果ては唐辛子を使ったチョコレートまでが並び、壁一面が赤と深紅で埋め尽くされている。遥は辛いもの好きと...
食べ物

朝焼けとフランスパン

澄んだ朝の空気を吸い込むと、心まで清められる気がした。高橋咲良は、まだ街が目覚めきらない午前五時、ひとりパン屋の扉を開ける。「おはようございます」静かに挨拶をして、咲良は厨房の電気をつける。彼女が焼くのはフランスパン。それだけ。クロワッサン...
食べ物

ペロペロキャンディとミユの夏

ミユは子どもの頃から、ペロペロキャンディが好きだった。どんなに大人になっても、あのカラフルでぐるぐると渦を巻いた飴を見るだけで、心が躍った。幼い頃、祖母の家に遊びに行くたび、ミユは町角の駄菓子屋に立ち寄った。そこで祖母が一つだけ買ってくれる...
食べ物

黒の粒の美学

黒瀬翔子(くろせしょうこ)は、スパイス専門店「胡椒館(こしょうかん)」の店主だ。東京・下北沢の路地裏にひっそりと構えるこの店は、看板も目立たず、通りすがりの人にはカフェかギャラリーのように見える。それでも、一歩中に入れば、所狭しと並んだ瓶詰...
食べ物

パンの香りがする家

佐和子(さわこ)は四十歳を過ぎたあたりから、家でパンを焼くようになった。もともと料理は嫌いではなかったが、毎日の食事作りに追われるうち、ただの「義務」になっていた。そんなある日、近所のパン屋で買った焼きたてのくるみパンを口にした瞬間、胸の奥...
食べ物

きんぴらごぼうの向こう側

「ごぼうは、土の香りが命なの」そう言って、佳乃(よしの)は今日も黙々ときんぴらごぼうを炒めていた。彼女は三十七歳。東京・下町にある小さな惣菜店「よし乃の台所」の店主だ。店の一角には、きんぴらごぼうだけを目当てに通う常連客たちの姿がある。ごぼ...
食べ物

干物日和

潮の香りがかすかに漂う、静かな港町。その一角に、小さな暖簾が揺れる店がある。白地に青い墨で「干物日和」と染められたその文字に、足を止める人は決して多くはないが、一度入った客の多くは、再びその扉をくぐる。店主は、山本涼(やまもと・りょう)、三...
食べ物

オリーブとローズマリーの午後

陽の光が斜めに差し込むキッチンの窓辺で、佐伯美咲は今日もフォカッチャの生地をこねていた。ベージュ色のリネンエプロンを身につけ、腕まくりをして、小麦粉とオリーブオイルの香りに包まれている。生地の手触りが手のひらに心地よく、リズムよく力を込めて...
食べ物

からっと屋 ようへい

中川陽平は、唐揚げが大好きだった。好き、という言葉では足りないほどに。昼休みの弁当に入っていれば思わずガッツポーズし、商店街の惣菜屋で揚げたての香りを嗅げば、財布の紐がゆるむ。居酒屋ではメニューに目もくれず「とりあえず唐揚げ」と注文するのが...