食べ物 ひと缶のやさしさ 夏の終わり、商店街のはずれにある古びた食料品店「まるや商店」では、毎年恒例の“在庫一掃セール”が始まっていた。棚の奥から引っ張り出された商品の中に、ひときわ目立つオレンジ色の缶詰があった。金色のふたに、レトロな字体で「特選みかん」と書かれた... 2025.08.04 食べ物
食べ物 白いスプーンの約束 冷蔵庫を開けるたび、結月(ゆづき)は無意識に生クリームの容器を探してしまう。小さなプラスチックのカップ、ふたを開けると、雪のようにふわりと盛り上がった白い山。スプーンですくえば、しゅわん、と音がするような気がして、口に含めば静かに消えていく... 2025.08.04 食べ物
食べ物 夏の丸い記憶 「今年も、来たなあ」六月の終わり、商店街の八百屋「山下青果」の店頭にスイカが並びはじめたとき、望(のぞみ)は心の中でそう呟いた。スイカが出始めると、夏が本当に来た気がする。汗ばむシャツと、昼間のセミの声と、縁側でかじったあの甘さと。スイカは... 2025.08.03 食べ物
食べ物 白き菜に、春を待つ 冬の終わり、東京の片隅にひっそりと佇む八百屋「まつ乃屋」の店先に、今年も瑞々しい白菜が並び始めた。「うん、この巻き方、最高だねえ……!」小柄な女性がその場にしゃがみ込み、ひとつひとつの白菜をじっくりと撫でるように見つめている。彼女の名は井坂... 2025.08.02 食べ物
食べ物 林檎坂(りんござか)のひとりごと 林檎坂(りんござか)という名前の小さな町があった。坂道の両脇にはりんごの木がずらりと並び、春には白い花が風に舞い、秋には赤く実った果実の香りが空気を染めた。その町に、佐々木実(ささき・みのる)という老人がひとりで暮らしていた。彼は元教師で、... 2025.08.02 食べ物
動物 森のクッキー屋さん 〜くまのコンラッドの物語〜 深い森の奥、シダと木苺の茂る小道を進んだところに、小さなクッキーのお店がある。屋根には苔がふかふかに生え、煙突からはほんのり甘い香りが立ちのぼっている。お店の名は「クマのコンラッドのクッキー屋さん」。店主は、その名の通り、大きな体に優しい目... 2025.07.30 動物食べ物
食べ物 あられ日和 春先、陽だまりの縁側に腰を下ろして、千夏は一粒のあられを口に運んだ。ぱりっと軽やかに砕け、甘辛い醤油の風味が広がる。幼い頃から変わらず好きな味だ。千夏の実家は、商店街のはずれにある小さな米菓子店「藤乃屋」。祖父が始め、父が継いだその店で、千... 2025.07.29 食べ物
食べ物 キャラメル色の約束 幼いころ、千尋は母の作るキャラメルが大好きだった。白砂糖と生クリームを鍋で煮詰め、ほんの少しの塩を落とす。甘さとほろ苦さが混ざり合った、あの黄金色のかけらは、母の手のひらの温もりそのものだった。「キャラメルはね、焦がす寸前がいちばん美味しい... 2025.07.28 食べ物
食べ物 りんご色の約束 長野県・安曇野の小さな町に、ひとつのりんごジャム専門店が誕生した。店の名前は「林檎日和」。店主は三宅結衣、三十歳。長野生まれ、東京育ち。両親は果樹農家だったが、結衣が十歳のとき、農業をたたみ一家で東京へ引っ越した。結衣は東京で普通のOLにな... 2025.07.27 食べ物
食べ物 イワシ雲の向こうに 大地(だいち)は、子どものころから魚が好きだった。とりわけイワシ。小ぶりで、銀色に光るその姿に、どうしようもなく心惹かれた。初めて釣った魚がイワシだったこともある。海辺の町に生まれ、港近くの祖父の家に預けられるたび、彼は防波堤で竿を振った。... 2025.07.27 食べ物