食べ物

食べ物

林檎坂(りんござか)のひとりごと

林檎坂(りんござか)という名前の小さな町があった。坂道の両脇にはりんごの木がずらりと並び、春には白い花が風に舞い、秋には赤く実った果実の香りが空気を染めた。その町に、佐々木実(ささき・みのる)という老人がひとりで暮らしていた。彼は元教師で、...
動物

森のクッキー屋さん 〜くまのコンラッドの物語〜

深い森の奥、シダと木苺の茂る小道を進んだところに、小さなクッキーのお店がある。屋根には苔がふかふかに生え、煙突からはほんのり甘い香りが立ちのぼっている。お店の名は「クマのコンラッドのクッキー屋さん」。店主は、その名の通り、大きな体に優しい目...
食べ物

あられ日和

春先、陽だまりの縁側に腰を下ろして、千夏は一粒のあられを口に運んだ。ぱりっと軽やかに砕け、甘辛い醤油の風味が広がる。幼い頃から変わらず好きな味だ。千夏の実家は、商店街のはずれにある小さな米菓子店「藤乃屋」。祖父が始め、父が継いだその店で、千...
食べ物

キャラメル色の約束

幼いころ、千尋は母の作るキャラメルが大好きだった。白砂糖と生クリームを鍋で煮詰め、ほんの少しの塩を落とす。甘さとほろ苦さが混ざり合った、あの黄金色のかけらは、母の手のひらの温もりそのものだった。「キャラメルはね、焦がす寸前がいちばん美味しい...
食べ物

りんご色の約束

長野県・安曇野の小さな町に、ひとつのりんごジャム専門店が誕生した。店の名前は「林檎日和」。店主は三宅結衣、三十歳。長野生まれ、東京育ち。両親は果樹農家だったが、結衣が十歳のとき、農業をたたみ一家で東京へ引っ越した。結衣は東京で普通のOLにな...
食べ物

イワシ雲の向こうに

大地(だいち)は、子どものころから魚が好きだった。とりわけイワシ。小ぶりで、銀色に光るその姿に、どうしようもなく心惹かれた。初めて釣った魚がイワシだったこともある。海辺の町に生まれ、港近くの祖父の家に預けられるたび、彼は防波堤で竿を振った。...
食べ物

鶏むね日和

日曜の朝、佳乃はいつものように近所のスーパーに向かう。目的はただ一つ。鶏むね肉の特売だ。カートを押しながら精肉コーナーに向かうと、冷ケースの上に「国産鶏むね肉 100g 38円」の札が輝いていた。佳乃は内心、小さくガッツポーズを決める。周囲...
食べ物

赤のひとかけ

大阪の下町で、遥(はるか)は小さな唐辛子専門店「赤のひとかけ」を営んでいた。カウンターだけの店には、乾燥唐辛子、オイル漬け、粉末、ペースト、果ては唐辛子を使ったチョコレートまでが並び、壁一面が赤と深紅で埋め尽くされている。遥は辛いもの好きと...
食べ物

朝焼けとフランスパン

澄んだ朝の空気を吸い込むと、心まで清められる気がした。高橋咲良は、まだ街が目覚めきらない午前五時、ひとりパン屋の扉を開ける。「おはようございます」静かに挨拶をして、咲良は厨房の電気をつける。彼女が焼くのはフランスパン。それだけ。クロワッサン...
食べ物

ペロペロキャンディとミユの夏

ミユは子どもの頃から、ペロペロキャンディが好きだった。どんなに大人になっても、あのカラフルでぐるぐると渦を巻いた飴を見るだけで、心が躍った。幼い頃、祖母の家に遊びに行くたび、ミユは町角の駄菓子屋に立ち寄った。そこで祖母が一つだけ買ってくれる...