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緑に包まれて

健一がツタに惹かれるようになったのは、小学生の頃に祖母の家を訪れたときのことだった。古びた洋館風の家の外壁を覆うように伸びていたツタは、夏には濃い緑で家を涼しく包み、秋には赤や黄へと色づき、季節の移ろいをまるごと映し出していた。祖母はよく言...
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ヒノキの香りに包まれて

佐伯真理子は、小さな町の図書館で働く司書だった。人と話すことも嫌いではなかったが、彼女が心から安らげるのは、本の並ぶ静かな空間と、ほんのりとした木の香りに包まれているときだった。特に好きなのは、ヒノキの香りだった。そのきっかけは、子どもの頃...
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風を追い越す瞬間

照りつける夏の陽射しの下、スタートラインに並んだ瞬間、健太の心臓は高鳴っていた。自転車レースに出るのは初めてではなかったが、今回は地元で開催される大会。家族や友人も応援に来ている。いつもより緊張が強く、手のひらにはじっとりと汗が滲んでいた。...
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歯ブラシが好きな人の物語

大地は、子どもの頃から「磨く」という行為が好きだった。絵筆で机に落書きをしては布で拭き、錆びかけた自転車のハンドルを磨き、曇ったガラスをこすっては「きれいになった」と満足げに笑っていた。そんな彼がいちばん夢中になったのが、歯ブラシだった。小...
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サングラスの向こう側

真夏の太陽が街を照らす。歩道を行き交う人々は汗をぬぐいながら日陰を探している。そんな中、一人の青年が軽やかな足取りで歩いていた。彼の名は拓真。いつもサングラスをかけていることで、近所ではちょっとした有名人だ。彼の部屋の壁には、棚ごとに整然と...
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針先に宿る想い

夏の午後、風鈴の音が涼しげに鳴る六畳間で、佐和子は黙々と刺繍に取り組んでいた。細い針先が布に吸い込まれては戻り、赤や青、緑の糸が小さな模様を形作っていく。窓の外では蝉が鳴きしきっていたが、彼女の世界は目の前の布だけに閉じられていた。佐和子が...
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薪割りに魅せられて

山あいの小さな集落に、健一という男が住んでいた。年齢は五十を越え、町の会社勤めを早期退職したのち、妻と共に古い実家に戻って暮らしていた。都会で過ごした日々は便利で刺激的だったが、どこか息苦しさを抱えていた健一にとって、山の空気は胸の奥まで澄...
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夏の風をつなぐうちわ

祖母の家の納戸には、色とりどりのうちわが何本も並んでいた。竹の骨に和紙を張ったもの、布地で覆われたもの、祭りで配られた広告入りのものまで。子どもの頃の私は、そのどれもが宝物のように見え、夏休みに遊びに行くたび一本ずつ手に取っては、ぱたぱたと...
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花火の物語

八月の終わり、夏の夜空に大輪の花が咲いた。川沿いの堤防に腰を下ろした蓮(れん)は、遠くに広がる光の群れを見上げながら、胸の奥にしまい込んでいた思い出を引き出すように、ゆっくりと息を吐いた。――花火を見ると、いつもあの夏を思い出す。高校二年の...
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鋼に映る心

町の小さな商店街に、一軒の古びた刃物店がある。店の名前は「研ぎ屋・真鍮堂」。暖簾をくぐると、磨かれた包丁が並び、金属特有の冷たい光を放っていた。主人の名は坂本信吾、五十代半ばの職人だ。彼は何よりも包丁に拘る男だった。信吾の拘りは、料理人が持...