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カブトムシ博士と呼ばれた男

大和(やまと)は子どもの頃からカブトムシが好きだった。朝の森に入り、腐葉土の山を掘り返し、木の幹に蜜を塗ってはじっと待つ。友だちがゲームやスポーツに夢中になる中、彼だけはカブトムシと向き合う時間に心を燃やしていた。大人になった大和は、昆虫学...
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森を編む人

町のはずれに、小さな苗木屋があった。看板には「森の手仕事」と手書きで書かれている。店主の名は志乃(しの)。三十代の女性で、祖父の代から続く苗木屋を一人で切り盛りしていた。彼女が育てるのは、街路樹に使われるケヤキや、庭に植えられるハナミズキ、...
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床を這う勇者

田中陽向(たなかひなた)は、バレーボールが好きでたまらなかった。中学の入学式の日、体育館の端で見かけた先輩たちの練習に、陽向は心を奪われた。ジャンプして、ブロックの壁を抜く鋭いスパイク。仲間が叫び、必死でボールを追う姿気づけば、胸が高鳴って...
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セーヌに浮かぶ手紙

七月の朝、アンヌはサン・ルイ島のカフェに座って、いつものカフェ・クレームをすすった。目の前には、朝焼けに染まるセーヌ川。ノートルダムの尖塔が川面に映り、船がゆっくりと通り過ぎる。アンヌは観光客ではない。二年前に日本から越してきて、パリの古本...
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ガラスの向こうの未来

小さな町の図書館に、謎めいた本があった。表紙には「元素と人類」とだけ書かれ、誰が借りたのかもわからない古びた本。中学二年の圭介は、たまたま手に取ったその本に心を奪われた。見たこともない周期表、化学式、そして原子の構造図。無数の粒が集まり、形...
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三角屋根の向こうに

幼い頃、奈央は母の読んでくれる絵本が大好きだった。特にお気に入りだったのは、一冊の外国の絵本。緑の草原にぽつんと建つ、白い壁と赤い三角屋根の家。その家には大きな窓があり、光があふれ、煙突からはいつも温かい煙が立ちのぼっていた。「こんな家に住...
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風の音が聞こえる

中村陸(なかむら・りく)、二十歳。彼は物心ついたときから空手をやっていた。父は町道場の師範で、少年の頃は家でも道場でも常に父の厳しい指導があった。泣いた日も数知れない。だが、拳と足でぶつかり合うあの瞬間にだけ、自分の心がすべて解き放たれるよ...
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静寂の音に耳をすます

朝霧がまだ残る京都の小径を、木村沙織は静かに歩いていた。両手には手帳と万年筆、肩にはお気に入りのリュック。彼女の趣味は寺巡り。特に古いお寺の静寂の中に身を置くと、心のざわつきが洗い流されるような感覚になるという。かつては都内の広告代理店で働...
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海の森を守る人

瀬戸内海に面した小さな町に、海藻の生態を研究している一人の女性がいた。名前は高梨(たかなし)柚子、三十五歳。かつて東京の大学で海洋生物学を専攻し、卒業後は研究所に勤めていたが、都会の喧騒と距離を置くようにして故郷の町へ戻ってきた。彼女が心を...
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銀色の夢、青の地球

杉山遼は、幼いころからずっと、宇宙服に憧れていた。初めて宇宙の映像を見たのは、小学一年生の冬。テレビに映る国際宇宙ステーションと、そこに滞在する宇宙飛行士の姿に、息をのんだ。無重力の中でふわふわと漂う彼らの背中にある白い宇宙服――分厚く、機...