面白い 白の記憶 古いアトリエの奥、埃をかぶった木製トルソーに、一着のウェディングドレスがかかっていた。長い年月を経て色はわずかにアイボリーへと変わっているが、胸元の繊細なレースや裾の刺繍は、まだ息をのむほど美しい。佐倉美咲は、そのドレスを見上げて立ち尽くし... 2025.08.16 面白い
不思議 月映(つきばえ)の池 ――村のはずれに、小さな池がある。周囲をぐるりと囲むように柳が立ち、風が吹くたびに細い枝が水面をくすぐる。池は深くも広くもないが、不思議と一年中、水が澄んでいた。夏の終わりには白い睡蓮が咲き、冬でも氷が厚く張らない。その池のそばに、よく座っ... 2025.08.16 不思議面白い
面白い 風のベンチ 朝の光が差し込む小さな町の公園。すべての季節を穏やかに受け入れるその場所を、沙耶は十年以上も通い続けている。年齢は三十二。独身。事務職として平日は都内のビルで働いている。電車に揺られ、書類をさばき、エクセルを開いては閉じる。特別なことはない... 2025.08.15 面白い
面白い 香りの行方 静かに扉が閉まる音が、研究室の中に微かに響いた。硝子瓶がずらりと並ぶ棚の前で、立花美香は白衣の袖をまくり上げ、慎重にスポイトで液体を吸い上げた。彼女が目指しているのは「調香師」。香りの世界に命を吹き込む仕事だ。花、果実、樹木、土――自然のす... 2025.08.13 面白い
面白い ダリアの庭で 祖母の家には、季節になるとダリアの花が咲き誇る庭があった。背の高い茎に大きく開いた花びらが、赤、黄色、紫、白と色とりどりに揺れていた。幼い頃、夏休みにその庭で虫を追いかけたり、スケッチブックを持って座り込んだりした記憶が、今でも鮮やかに残っ... 2025.08.13 面白い
面白い 鉄の匂いと夕焼け 山のふもとに、小さな鉄工所がある。看板は色あせ、錆びたトタンの屋根が風に軋んで鳴る。そこに勤めて二十年になる男がいる。名を川島透(かわしまとおる)、五十歳。無口で、無骨で、無事故が自慢のベテラン職人だ。透は、毎朝五時に起き、弁当を詰め、まだ... 2025.08.11 面白い
面白い 灰色の宝石 鹿児島県の小さな町に住む立花遥(たちばな・はるか)は、幼い頃から火山灰に囲まれて育った。桜島の噴火は日常で、洗濯物は灰で真っ白、車のワイパーはすぐに傷む。それでも彼女は「この町が好き」と笑っていた。大学卒業後、遥は一度東京で働いていた。だが... 2025.08.11 面白い
面白い 静かな歩幅 早川理沙は、人混みが苦手だった。東京に住んで十年になるが、満員電車にはいまだに慣れない。誰かの息遣い、香水や汗の匂い、知らない肩が押しつけられる感覚。どれも彼女にとっては耐えがたいもので、乗るたびに胸の奥がざわついた。彼女の職場は新宿にある... 2025.08.09 面白い
面白い ガラスの靴に触れた日 幼い頃、茉莉(まつり)は祖母の家の本棚にあった一冊の絵本を何度も読み返していた。タイトルは『シンデレラ』。灰かぶり娘が魔法で美しいドレスをまとい、ガラスの靴を履いて舞踏会に現れる物語。その中でも、茉莉が特に心惹かれたのは、あの透明な靴だった... 2025.08.08 面白い
面白い チューリップの約束 春の訪れを告げるように、町の小さな丘に咲き誇るチューリップ畑がある。その花畑を、誰よりも大切にしてきたのが、七海(ななみ)という女性だった。七海は幼い頃、祖母と一緒にチューリップの球根を植えた記憶がある。まだ手のひらよりも小さかったその球根... 2025.08.08 面白い