ホラー

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静かな展示室

――山あいの道を抜けた先に、その博物館はあった。「山霧資料館」と書かれた古びた木の看板。地図にも載っていない、地元でも知る人は少ない場所だ。大学で民俗学を学ぶ由梨は、卒業論文の題材に「山間部に残る信仰と伝承」を選び、調査のためにこの館を訪れ...
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緑の口笛

理科準備室の片隅に、それは置かれていた。大きな瓶の中、湿った苔と泥の上に根を張り、まるで口を開けたような形をしている――食虫植物。名札には「ネペンテス」とあった。三年生の美咲は、放課後の掃除の当番で初めてそれを見つけた。瓶の内側には細かい水...
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風の抜け道

十月の終わり、山岳部の友人・健司に誘われて、私は標高二千メートル近くの山小屋に泊まることになった。紅葉の時期を過ぎ、登山客もほとんどいない。健司が言うには、古い山小屋を管理している知り合いが改装の手伝いをしてくれる人を探しているのだという。...
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雲の底で

夜の便だった。羽田を出たのは午後八時すぎ。窓の外はすでに黒く沈み、雲の上に浮かぶ月だけが機体の翼を銀色に照らしていた。搭乗してから一時間ほど経ったころ、客室乗務員がドリンクを配り終えた。周囲の客は眠ったり、映画を見たりしている。私は読みかけ...
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路地裏の赤い手形

その街には、誰もが知っているが口には出したがらない都市伝説があった。駅前から少し離れた古い商店街の裏手、人気のない細い路地を真夜中に通ると、壁に赤い手形が浮かび上がるというのだ。ただの落書きだろう、酔っぱらいがつけた手垢だろう。そう笑い飛ば...
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海の底の囁き

夏の夜、港町の古い桟橋には、今でも誰も近づかない時間がある。潮が一番満ちる丑三つ時。海面は静まり返り、風ひとつ吹かないのに、底から「声」が湧き上がるというのだ。大学生の悠真は、地元の友人からその噂を聞いた。都市伝説の類だと笑い飛ばしたが、ど...
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鏡の中の声

夜、大学の課題を片付けていた翔太は、机の上の鏡に視線を落とした。それは小さな手鏡で、幼い頃からなぜか手放せずに持ち歩いているものだ。枠は黒ずみ、銀色の反射面には微かに曇りがある。けれど鏡を見ると不思議と落ち着くので、翔太は部屋の片隅に立てか...
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夜更けのチャイム

美咲(みさき)が一人暮らしを始めたのは、大学進学の春だった。木造二階建ての古いアパート。築五十年は経っているというが、家賃が安く、通学に便利な場所だったため即決した。最初の数日は何も起きなかった。古い建物特有の、木がきしむ音も気にならない程...
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鏡の奥の家族

春の終わり、大学の新生活にも慣れ始めた頃。沙耶(さや)は、古びたワンルームマンションに引っ越した。安さと駅近が決め手だったが、内見のとき、やけに大きな姿見が壁に固定されているのが気になった。「これは前の住人が置いていったものですが、外そうと...
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カーナビの女

「なあ、この道、本当に合ってるのか?」深夜の山道。大学時代の友人3人で旅行に出かけた帰り道、ナビの案内に従っていたものの、車は舗装も怪しい細い道に入り込んでいた。運転していたリョウは苛立ち気味に尋ねた。助手席のコウジはスマホを覗き込みながら...