月曜日だけ空を飛べる靴

面白い

その靴は、月曜日だけ空を飛べた。

商店街のいちばん奥、曜日ごとに看板の文字が変わる古びた靴屋で、わたしはそれを見つけた。
日曜日の夕方だったから、看板にはまだ「準備中」とだけ書いてあった。
けれど店の奥の棚で、淡い青色の靴が、まるで朝の空を切り取ったみたいに静かに光っていた。

「それは、月曜日専用だよ」

店主は、季節の境目みたいな顔をしてそう言った。

「ほかの日には、ただの靴。けれど月曜日だけは、きちんと飛ぶ」

わたしは月曜日が嫌いだった。
はじまりの音が鳴るたびに、なにかを置き去りにした気がするから。
だから、その靴を買った。
月曜日を、少しでも遠くへ連れていってもらうために。

最初の月曜日。
家を出て、人目のない公園で靴紐を結び直すと、足の裏がふっと軽くなった。
跳ねるように一歩踏み出すと、そのまま身体が地面から離れた。

わたしは、飛んだ。

電線より高く、屋根よりも少し上。
吐く息が白くほどけ、街が小さな箱庭になる。
月曜日の朝は、上から見ると意外にきれいだった。
急ぐ人々の背中も、信号待ちの列も、まるで規則正しく流れる川みたいに穏やかだった。

空を飛んでいるあいだ、月曜日はわたしを追いかけてこなかった。

二度目の月曜日、わたしは学校の屋上に降り立った。
まだ誰もいない場所で、靴を履いたまま空を見上げる。
雲はゆっくりと西へ流れ、世界は思っていたより静かだった。
教室に入ると、いつもより少しだけ優しくなれた。
飛んできたことを、誰も知らないのに。

三度目の月曜日、わたしは川の上を飛んだ。
水面に映る自分が、少し誇らしげに見えた。
けれどそのとき、ふと気づいた。
飛んでいるあいだ、わたしは地上の音をほとんど聞いていない。
友だちの笑い声も、母の「いってらっしゃい」も、遠ざかっていく。

月曜日は、わたしを追いかけないかわりに、なにかを置いていかせるのかもしれない。

四度目の月曜日、わたしは飛ばなかった。
公園のベンチに座り、青い靴のつま先を見つめる。
履けば、きっとまた軽くなる。
でも、その軽さは、わたしの重たい部分を連れていってくれるわけじゃない。

月曜日は、ただ始まるだけだ。

翌週。わたしは最後に一度だけ飛んだ。
高くは飛ばず、街のすぐ上をゆっくりと進む。
パン屋の匂い、駅前のざわめき、開きかけの花。
上からではなく、横目にそれらを見つめながら、わたしは思った。

月曜日は、逃げるものじゃない。
すこしだけ角度を変えて、眺め直すものなのだと。

公園に降りると、靴はもうただの青い靴に戻っていた。
次の月曜日に飛べるかどうか、わたしは試さなかった。

月曜日は相変わらずやってくる。
それでも、ときどき空を見上げる。
もしも足の裏がふっと軽くなる日があったなら、そのときはきっと、飛ばなくてもいい。

空を飛べた記憶が、わたしの背中を少しだけ押してくれるから。

月曜日は、はじまりの重さを抱えたまま、それでも静かに続いていく。