二度目の春、桜は前より少しだけ咲き急いでいた。
最初に違和感を覚えたのは、通学路の角にある自動販売機だった。
売り切れのはずのミルクティーが補充されている。
昨日、最後の一本を買ったのは、たしかに私だったのに。
それは些細なことだった。
けれど、その「些細」が、毎日、ほんの少しずつ積み重なっていった。
クラス替えの名簿を見た瞬間、胸がきゅっと縮む。
見覚えがある。
担任の先生が黒板に書く最初の言葉も、隣の席になる人も、昼休みに誰が告白して、誰が振られるかも、全部知っている。
私は、もう一度この一年を生きている。
そう確信したのは、五月の雨の日だった。
放課後の階段で、彼が転ぶ瞬間を、私は叫ぶより先に知っていた。
「気をつけて!」
声は間に合わなかった。
彼は一段踏み外し、右手を強く打つ。
包帯を巻いた彼は、去年と同じように笑って、「大丈夫」と言った。
去年?
いいえ、最初の一周目。
思い出は、夢みたいに曖昧ではない。
匂いも、湿度も、心臓の鼓動も、そのままだ。
けれど世界のほうが、ほんのわずかにずれている。
桜は早く散り、告白の言葉は一文字だけ違い、彼の笑い方も、ほんの少しだけ大人びている。
もしかしたら、世界は完全な繰り返しを嫌っているのかもしれない。
私は試してみることにした。
一周目では言えなかった言葉を、言ってみる。
彼の怪我が治ったころ、校庭の隅で私は言った。
「ねえ、来年も一緒に桜を見たい」
それは、一周目では飲み込んだ言葉だった。
未来が怖くて、変化が怖くて、何も言えなかった。
彼は少し驚いて、それから笑った。
「来年? 気が早いな」
その返事は、一周目にはなかったものだ。
去年の彼は、ただ曖昧に笑っただけだった。
違う。確実に、違う。
その瞬間、私は悟る。
世界はただ巻き戻ったのではない。
私の選択を試すために、もう一度だけ、ページを開いたのだ。
六月のある日、ニュースで小さな事故が流れる。
一周目では、それはもっと大きな事故になったはずだった。
私はその日の朝、ほんの少しだけ誰かの足を引き止めた。
たったそれだけで、未来は形を変えた。
世界は二周目に入っている。
でも、同じ物語ではない。
夜、ベッドの中で天井を見つめながら考える。
もし三周目があるのなら、私は何を選ぶだろう。
もしこれが最後の一周なら、私はどんな結末を望むだろう。
怖さは消えない。
けれど、一周目よりも少しだけ、私は勇気を持っている。
桜が散る前の日、私は彼の隣に立つ。
風が吹いて、花びらが舞う。
「ねえ」と私は言う。
「もし世界がもう一度やり直せるとしたら、どうする?」
彼は首をかしげる。
「やり直せるなら……同じことをするかな。だって、今が悪くないから」
その答えを聞いた瞬間、胸の奥で何かがほどけた。
二周目だと気づいたのは、たぶん私だけだ。
それでもいい。
世界がもう一度だけくれた時間なら、私はちゃんと使いたい。
桜は散る。
けれど去年より、少しだけ遅く。
世界は繰り返しているのかもしれない。
でも私は、もう繰り返さない。
同じ春の中で、私は一歩だけ、違う未来へ踏み出した。


