わたしの仕事は、落ちた笑い声を拾うことだ。
街にはときどき、持ち主のいない笑い声が転がっている。
たとえば、閉店した映画館のロビー。
誰もいないはずなのに、椅子の足もとに小さな「はは」という欠片が落ちている。
あるいは、雨上がりの歩道橋。
水たまりの縁に、くすっと弾けた名残が浮いている。
それらは放っておくと、やがて乾いて、透明な薄片になる。
踏まれると、ぱきりと割れて、もう二度と音には戻らない。
だから、わたしは革の鞄にピンセットと小瓶を入れて、街を歩く。
笑い声は目には見えないけれど、光の角度を変えると、ほのかに虹色を帯びる。
わたしにはそれが見える。
選ばれたからだと、上司は言った。
上司は顔のない人だ。
声だけが、古い電話の受話器から届く。
「今日も回収を」と、乾いた調子で告げる。
どこから落ちた笑い声なのか、誰のものなのかは教えてくれない。
ただ、地図に小さな印が増えるだけ。
ある日、わたしは小学校の裏庭で、ひどく大きな笑い声を見つけた。
砂場の隅に、きらきらと震えている。
両手で抱えなければならないほどだった。
それは、跳ねるような笑いだった。
ころがり続けるボールのようで、触れると、胸の奥があたたかくなった。
わたしはしばらく動けなかった。
拾うべきかどうか、迷ったのだ。
こんなにも生き生きとした笑い声が、どうして落ちているのだろう。
そのとき、校舎の窓辺に、小さな影が見えた。
ひとりの子どもが、教室の隅で俯いている。
周囲の子どもたちは、別の話題で盛り上がっていた。
影の子は、さっきまで笑っていたのかもしれない。
そして、笑うことをやめた瞬間、声だけが砂場に転げ落ちたのだ。
わたしは理解した。
笑い声は、忘れられたときに落ちる。
拾った笑い声は、事務所の奥の棚に並べられる。
小瓶の中で、淡く光り続ける。
月に一度、わたしたちはそれを「再配達」する。
必要としている誰かのもとへ、そっと置いてくるのだ。
けれど、あの砂場の笑い声だけは、瓶に入れられなかった。
わたしはそれを鞄に戻し、校舎の裏口へ向かった。
放課後、影の子はひとりで靴を履いていた。
わたしは見えないふりをしながら、そっと彼の足もとに笑い声を置いた。
声は、ふわりと揺れ、彼の胸へ吸い込まれていった。
次の瞬間、彼は小さく息を吸い、そして、くすりと笑った。
ほんのかすかな音だったけれど、確かにそこにあった。
わたしの受話器が鳴る。
「規則違反です」と、上司の声が言う。
「回収品の私的使用は認められていません」
わたしは黙っていた。
「しかし」と、声は続けた。
「回収量は減少傾向にあります。原因は不明です」
わたしは、窓の外を見た。
夕焼けの校庭で、さっきの子が友達に何かを話している。
ぎこちないが、もう一度笑いが生まれようとしている。
落ちた笑い声を拾うのは、大切な仕事だ。
でも、本当のひみつは——
拾わなくてもいい世界を、こっそり増やしていること。
わたしは今日も鞄を持って歩く。
けれど、ときどき、わざと見ないふりをする。
小さな笑い声が、誰かの胸に戻る道を、自分で見つけられるように。
それが、笑い声を拾う係の、ほんとうの役目なのだ。


