今日は、世界が寄り道する日だった。
朝、目を覚ましたときから少しおかしかった。
目覚まし時計は鳴らず、代わりに窓の外で見知らぬ鳥がゆっくり三回、咳をするように鳴いた。
カーテンを開けると、いつもはまっすぐ伸びているはずの電線が、やわらかく弧を描いて遠くのビルを避けていた。
まるで、あのビルに近づきたくないみたいに。
ニュースでは「本日は世界が寄り道する日です。遅刻や回り道は仕様となっております」と、落ち着いた声のアナウンサーが告げていた。
理由の説明はなかった。
けれど誰も慌てていない。
パン屋は開店時間を三分だけずらし、バスはいつもと違う道を選んで、見たことのない小さな公園の前を通った。
わたしは会社へ向かう途中、角をひとつ曲がり損ねた。
足が勝手に、知らない路地へ入っていく。
細い路地の奥には、古い映画館があった。
看板には、今日だけ上映と書かれている。
タイトルは「きみがいなかった午後」。
胸が少し、ひやりとした。
入場料は払わなくてよかった。
席に座ると、スクリーンにはわたしの知らない午後が映し出された。
わたしがあのとき選ばなかった言葉、渡せなかった手紙、踏み出さなかった一歩。
もしもを集めた午後が、静かに流れていく。
隣の席には、あの人がいた。
わたしが別れを選んだはずの、あの人。
「今日は世界が寄り道する日だから」と彼は言った。
「本筋から少し外れても、怒られない」
スクリーンの中で、わたしたちは違う結末を迎えていた。
大きな幸せではない。
けれど、確かに続いている時間。
ふたりで選んだ家具、窓辺の観葉植物、すれ違いながらも手放さなかった約束。
わたしはそれを、羨ましいとは思わなかった。
ただ、ああ、こんな道もあったのだと、静かに受け取った。
上映が終わると、彼は立ち上がった。
「寄り道は、帰るためにあるんだよ」
外に出ると、路地は消えていた。
代わりに、いつもの交差点。
信号は赤から青へ、きちんと順番通りに変わる。
世界は少しだけ、背筋を伸ばしている。
スマートフォンには会社からのメッセージが届いていた。
「今日は来なくていいよ。世界が寄り道する日だから」
わたしは笑って、別の方向へ歩き出す。
あの映画館があった場所へではない。
川沿いの道へ。
ずっと気になっていた喫茶店へ。
選ばなかった道を全部取り戻すことはできない。
でも、今日くらいは、本筋から半歩だけ外れてみてもいい。
夕方、空はほんの少し遠回りして茜色になった。
雲が、いつもよりゆっくり流れていく。
世界は、わたしの歩幅に合わせるみたいに、急がない。
寄り道は、逃げることじゃない。
確かめることだ。
失ったものを数えるのではなく、まだ選べるものに触れること。
夜になるころ、世界はそっと元の軌道へ戻っていった。
電線はまっすぐになり、バスは決まった道を走る。
でも、わたしの中には、あの映画の午後が静かに残っている。
本筋は変わらないかもしれない。
それでも、ときどき寄り道を思い出せばいい。
世界が一度だけ遠回りしたことを、わたしは忘れない。
明日からまた、まっすぐ歩いていくために。


