昨日が先に消えるカレンダー

面白い

その街のカレンダーは、めくる順番が少しだけおかしかった。
朝になると、今日の日付はまだそこにあるのに、昨日のページだけが薄くなり、昼過ぎには跡形もなく消えてしまう。
破れる音もしない。
ただ、最初から存在しなかったみたいに、白い壁だけが残る。

「昨日は保存できません」

文房具屋の奥に貼られた注意書きには、そう書いてあった。

私はその街で、カレンダー修理の仕事をしている。
もっとも、直せるわけじゃない。
ただ、消えた日付の周囲を整え、残った日が傾かないようにするだけだ。
それでも依頼は多かった。
人は、失われる前提のものほど、丁寧に扱いたがる。

ある日、若い女性が壊れかけのカレンダーを抱えてやってきた。
「昨日が、急に消えるのが早くなって」

彼女は困ったように笑った。
カレンダーの昨日の欄には、薄い鉛筆の跡が重なっている。
消えかけの文字だ。

「ここに、何を書いていましたか」

「会話です。言えなかったこととか、言わなくてよかったこととか」

私は何も言わず、ページの端をそっとなぞった。
昨日はもう、今日を支える役目を終えている。
重くなりすぎれば、早く消える。
それだけのことだ。

街では皆、昨日を長く留めないように生きている。
後悔も、幸福も、朝露みたいに消えるのが普通だ。
だからこの街は、穏やかで、少し空虚だった。

彼女は修理が終わるまで店に残り、壁のカレンダーを見ていた。
「ねえ」と彼女は言った。
「昨日が全部消えたら、人はどうなると思います?」

私は答えなかった。
答えは知っている。
昨日が消えるたび、記憶は今日に溶ける。
完全に消えたわけじゃない。
ただ、名前を失うだけだ。

修理を終え、彼女にカレンダーを渡すと、昨日の欄は以前よりも早く薄くなり始めていた。
「大丈夫ですか?」と私が言うと、彼女は首を振った。

「いいんです。昨日に残したい人は、もういないから」

彼女が帰ったあと、私は店のカレンダーを見上げた。
ちょうど昨日のページが消えるところだった。
そこには、小さな字でこう書かれていた。

――誰かと同じ今日を生きられた。

それは私自身が、かつて書いた文字だった。
いつ、誰と過ごした昨日なのかは、もう思い出せない。
でも胸の奥に、温度だけが残っている。

昨日が先に消える世界で、人は今日を抱きしめるしかない。
名前のない記憶を、未来に持ち越さないために。

そして今日もまた、静かに始まっている。
消える準備が整った、やさしい昨日を背にして。