その博物館は、地図には載っていない。
けれど、人生のどこかで道を曲がり損ねた人だけが、偶然その前に立つ。
入口の看板にはこう刻まれていた。
「使われなかった未来博物館」
展示されているのは、過去でも現在でもない。
選ばれなかった選択肢の先にあったはずの、行き場を失った未来たちだ。
最初の展示室には、小さなガラスケースが並んでいる。
「もしも、あの日引き止めていたら」
「もしも、あの電話に出ていたら」
そんな説明文が、未来の名前として添えられていた。
ケースの中では、見知らぬ街で誰かが笑っている。
別のケースでは、白衣を着た自分が研究室で夜を迎えていた。
どれも、どこか現実より少しだけ眩しい。
係員の女性は、静かな声で言った。
「未来はね、必ずしも叶うために生まれるわけじゃないんです」
彼女は、ここで働く人間ではないらしい。
彼女自身もまた、使われなかった未来の一部なのだと、後で知る。
次の部屋には、大きな展示物が一つだけあった。
壊れかけの家、未完成の本、空席のまま終わった結婚式場。
それらは「途中で終わった未来」と呼ばれていた。
「失敗した未来ではありません」
彼女はそう言って、埃を払う。
「選ばれなかっただけです」
最後の部屋には、展示物が何もない。
白い空間の中央に、椅子が一つ置かれているだけだった。
「ここは、まだ集められていない未来のための部屋です」
「これから先、あなたが使わない未来が、いつかここに置かれるかもしれません」
帰り際、出口の前で彼女は少しだけ微笑んだ。
「でも安心してください。使われなかった未来は、無駄にはなりません」
「誰かの後悔になったり、誰かの物語の余白になったりする。
そうやって、世界は少しだけ厚みを増すんです」
外に出ると、博物館はもうなかった。
ただ、選ばなかったはずの未来が、胸の奥で静かに息をしているのを感じた。
それはもう戻らない。
けれど確かに、私の一部として、世界に残っている。

