夜の終電が通り過ぎたあと、商店街のはずれにある路地に、その自動販売機は立っていた。
赤でも青でもない、名前のつけられない色で光る箱。
ボタンの横には「感情 一本」とだけ書かれている。
値段はどれも同じ、百円。
最初にそれを見つけたとき、私は故障だと思った。
売り切れのランプも、メーカー名もない。
代わりに並んでいるのは、「ささやかな安心」「理由のない不安」「午後三時の孤独」「言いそびれた怒り」など、どこか曖昧で、しかし胸に引っかかる言葉ばかりだった。
私はその日、仕事を辞めた帰りだった。
引き止められもしなかったことが、予想以上にこたえていた。
何を飲めばいいのかわからず、しばらく立ち尽くしたあと、「ささやかな安心」を押した。
ガコン、と音がして、細いガラス瓶が落ちてきた。
キャップをひねると、無色透明の液体が入っている。
匂いも味もない。ただ喉を通った瞬間、胸の奥に、毛布を一枚かけられたような感覚が広がった。
世界が少しだけ遠ざかり、「まあいいか」と思える余白が生まれる。
確かに、安心だった。
それから私は、ときどきその自動販売機に通うようになった。
眠れない夜には「理由のない不安」をあえて選び、休日の午後には「午後三時の孤独」を飲んだ。
どの感情も強すぎることはなく、長くは続かない。
まるで、感情の試供品のようだった。
ある日、見慣れないボタンが増えていることに気づいた。
「誰にも渡さなかった優しさ」。
百円を入れて、押す。
落ちてきた瓶は、他より少しだけ重かった。
飲むと、胸がきゅっと縮む。
昔、言えなかった言葉や、差し出さなかった手の感触が、静かに浮かび上がる。
後悔ではない。
痛みでもない。
ただ、確かにそこにあったはずの何か。
私は初めて、自動販売機に話しかけた。
「これ、誰の感情なんですか」
もちろん返事はない。
だがその夜、私は気づいてしまった。
ここで売られている感情は、誰かが手放したものなのだと。
強すぎて抱えきれなかった気持ち、行き場を失った感情が、こうして瓶に詰められているのだと。
それから、私は飲むのをやめた。
代わりに、ポケットに百円玉を入れたまま、ボタンの前に立つようになった。
「言いそびれた感謝」
「まだ終わっていない悲しみ」
「名前をつけなかった希望」
どれも、誰かの人生の途中でこぼれたものだ。
自動販売機は今日も静かに光っている。
誰にも見つからない路地で、感情を待ちながら。
私はときどき思う。
もしここに、自分の感情が並ぶ日が来たら。
そのときは、百円を入れずに、そっとボタンを撫でて立ち去ろうと。
感情は、本当は飲むものじゃない。
抱えたまま、揺れながら、生きていくためのものだから。


