朝になるたび、きみは増えた。
最初は一人だけだった。
台所の窓辺で、湯気の向こうに立っている、昨日と同じ声、同じ背中。
その存在が当たり前すぎて、私は異変に気づかなかった。
二日目、きみは二人になった。
歯磨き粉の泡を吐き出す私の背後で、ほとんど同時に瞬きをする二つの影。
驚いて振り返ると、二人とも同じように首をかしげた。
「おはよう」と、ずれのない声で。
理由は分からなかった。
ただ、朝だけ増える。
昼になると一人になり、夜には誰もいなくなる。
まるで、朝という時間がきみを複製しているみたいだった。
三人目が現れた朝、私は数えた。
呼吸の数、足音の間隔、沈黙の長さ。
どれも同じだったけれど、微妙に違うものがあった。
三人目のきみは、私を見る目が少しだけ早かった。
四人目は、私の名前を呼ぶ間に一拍余分なためらいがあった。
「どれが本当のきみなの?」
そう尋ねると、全員が同時に困った顔をした。
増えていく朝の中で、私は気づき始めた。
きみたちは少しずつ違う。
昨日言えなかった言葉を持つきみ、言わなかった優しさを覚えているきみ、忘れたはずの約束をまだ握っているきみ。
朝の光は、それらを選別せず、全部こちら側に押し出してくる。
五人になった朝、部屋は少し狭くなった。
けれど、不思議と息苦しくはなかった。
私は初めて理解した。
これは増殖ではなく、回収なのだと。
失われた可能性が、朝という境目で戻ってきているのだと。
やがて朝は、きみで満ちた。
私はその中で一人だけ、静かに立っていた。
そして気づく。
増えているのは、きみだけじゃない。
きみを見る私もまた、少しずつ違っている。
最後の朝、きみたちは一斉に微笑んだ。
「もう大丈夫だよ」
光が強くなり、影が溶ける。
部屋には誰も残らなかった。
それでも私は知っている。
明日、目を覚ませばまた朝が来る。
そしてその朝には、きっと新しい「きみ」と、新しい「私」が、同時に立っているのだ。


