夜は、終わらないものだと思っていた。
少なくとも、あの部屋の中では。
カーテンを閉め切った六畳の部屋には、時計もカレンダーもない。
時間を示すものは、冷めたコーヒーの苦さと、スマートフォンの画面に浮かぶ未送信のメッセージだけだった。
外界とつながる窓はあるけれど、そこから差し込むはずの光は、ずっと訪れない夜の約束を守っているように見えた。
君がいなくなったのは、夜だった。
正確には、夜と朝の境目だったのかもしれない。
曖昧な時間帯は、いつも記憶を濁らせる。
「夜が明けなければいいのにね」
君はそう言って笑った。
冗談めかしていたけれど、どこか本気だった。
その声は今も、部屋の隅に薄く残っている気がする。
だから僕は、夜を引き延ばすことにした。
眠らず、灯りを落とし、朝を知らせるものをすべて遠ざけた。
世界が僕を置いて進んでいくなら、せめてここだけは止まっていればいいと思った。
夜は優しかった。
考えすぎた言葉を溶かし、言えなかった後悔を影の中に隠してくれる。
闇は、失ったものを見えなくしてくれる最後の毛布だった。
それでも、音はやってくる。
遠くで始発電車が走り出す低い振動。
鳥が、間違えて鳴いてしまったような短い声。
気づかないふりをしても、夜の縁は少しずつ削られていく。
カーテンの隙間が、わずかに白む。
それは裏切りのようで、同時に避けられない自然現象だった。
「まだだよ」
誰に向けた言葉かも分からないまま、僕はつぶやく。
でも光は聞いてくれない。
朝は、誰の事情も考慮しない。
夜が終われば、君がいない世界が始まる。
それを知っているから、何度も何度も目を閉じた。
けれど、閉じた瞼の裏まで、薄い光は染み込んでくる。
やがて部屋は、夜であることをやめた。
同じ場所、同じ空気なのに、色だけが変わる。
夜の間だけ許されていた悲しみは、朝の光の中では居場所を失ってしまう。
それでも、朝は来た。
僕の意思とは無関係に、確実に。
カーテンを少しだけ開けると、世界は何事もなかったように続いていた。
人も、時間も、君がいなくなった理由さえも、すべてを置き去りにして。
それでも僕は、息をする。
夜が終わっても、物語が終わらないように。
明けてしまった朝の中で、夜のことを覚えている限り、きっとまた夜は来る。
その確信だけを、小さく握りしめながら。


