町の外れに、使われなくなった駅があった。
線路は途中で途切れ、時刻表は白紙のまま色あせている。
けれど、その駅にはいつも同じものが置かれていた。
――時間、だった。
それは形を持たず、音もなく、ただ「そこにある」という感覚だけが確かだった。
ベンチの影、錆びた時計の裏、割れた窓から差し込む午後の光。
そのすべてに、動かない時間が沈殿していた。
私はその駅の管理を任されている。
といっても、列車は来ないし、切符を売る相手もいない。
ただ、時間がこぼれ落ちないよう、毎日同じ作業を繰り返すだけだ。
床を掃き、時計の針を止め、駅名標を磨く。
時間は動かさなければ、そこに留まる。
初めて気づいたのは、十年前だった。
忙しさに追われ、何かを失った気がしてこの駅に立ち寄った日、私は確かに「置かれたままの昨日」を見た。
言えなかった言葉、選ばなかった道、戻らなかった約束。
すべてが、埃をかぶった荷物のようにホームに並んでいた。
それ以来、ここは私の仕事場になった。
ときどき、誰かが迷い込んでくる。
時間を探している人だ。
「少しだけ、戻れませんか」
「置いてきた気持ちがあるんです」
そう言って、彼らはベンチに腰を下ろす。
私は首を振る。
時間は使えない。
ただ、そこにあるだけだ。
ある日、少女がやってきた。
小さな手で、空気を掴むようにして言った。
「この前まで、ここにあったのに」
私は答えなかった。
時間は、探すほど遠ざかる。
少女が帰ったあと、私は初めて気づいた。
駅の隅に置かれた時間が、少し減っていた。
たぶん、誰かが持ち帰ったのだ。
必要だったのは、時間そのものじゃない。
そこに置かれていた「立ち止まった自分」を、思い出すことだったのだろう。
夕暮れ、駅は静かに影を伸ばす。
時間は今日も、完全には回収されないまま残っている。
私はそれをそのままにして、灯りを落とす。
明日もまた、時間はここに置かれている。
動かないまま、誰かを待つように。

