この町では、感情にはすべて保存期限がある。
悲しみは三年、怒りは半年、恐怖は一週間。
恋は個体差が大きいため、期限は個別に測定される。
市役所の地下には「感情保管庫」があり、人々は期限切れになる前に感情を預けるか、処分するかを選ばなければならなかった。
私はそこで働いている。
感情の残量を測り、期限を告げ、淡々と手続きを進める仕事だ。
「この後悔は、あと二日です」
「この愛情は、今夜で失効します」
誰かの人生の一部を、数字として読み上げるたび、胸の奥が少しだけざらついた。
ある日、ひとりの女性がやってきた。
年齢は四十代くらい。
無表情で、提出された感情カードを差し出す。
「これは?」と私は尋ねた。
「忘れたくない感情です」
測定器にかけると、表示はこうなった。
《名称:未分類》
《保存期限:不明》
そんな感情は初めてだった。
規定では、期限不明の感情は強制処分となる。
「処分になりますが、よろしいですか」
そう告げると、彼女は首を横に振った。
「それがなくなったら、私が私じゃなくなる」
話を聞くと、その感情は、亡くなった息子に向けたものだった。
悲しみとも愛とも後悔とも違う、名付けられない感情。
期限を測れないのは、それがどの分類にも収まらないからだった。
「期限がないものは、いずれ腐りますよ」
私は規則通りに言った。
「腐ってもいいんです」
彼女は静かに笑った。
「腐った感情でも、息子とつながっていられるなら」
その夜、私は自分の感情カードを取り出した。
奥にしまい込んでいた、期限切れ間近の感情。
昔、誰かを失ったときに生まれた、似たような、名前のないもの。
測定器はそれにも《期限不明》と表示した。
翌日、私は初めて規則を破った。
彼女の感情を、正式な棚ではなく、保管庫の隅にそっと置いた。
記録には「測定不能」とだけ書いた。
感情は、本当は期限なんて持たないのかもしれない。
ただ、人が耐えられる時間に、無理やり数字を与えているだけで。
保管庫の奥で、期限を失った感情たちは、今日も静かに息をしている。
腐りながら、変質しながら、それでも確かに、生きている。
私はそれを見守る番人になった。
期限のない感情が、誰かの人生をそっと支え続けることを、信じながら。


