夕暮れに話す木

面白い

夕方になると、あの木は声を出す。
それを知っているのは、町でたぶん僕だけだ。

学校からの帰り道、川沿いの土手に一本だけ残された古い木が立っている。
幹はねじれて、皮はところどころ剥がれ、枝は空に向かって不格好に伸びている。
周りはもうコンクリートで固められているのに、その木だけが昔のまま、取り残されたみたいに立っていた。

最初に声を聞いたのは、五年生の秋だった。
空がオレンジ色に染まり、風が少し冷たくなったころ、木の下でランドセルを下ろして休んでいると、「今日は遅かったね」と、誰かが言った。
驚いて振り向いたけれど、そこには誰もいなかった。
代わりに、木の葉がかすかに揺れていた。

「……君?」
思わず木に向かって聞くと、今度ははっきりと声が返ってきた。
「そうだよ。夕方だけ、少し話せるんだ」

それから僕は、毎日夕方になると木に会いに行くようになった。
木は昔の話をたくさん知っていた。
この町にまだ電車が通っていなかったこと、川がもっと広かったこと、子どもたちがこの木に登って夕焼けを見ていたこと。
話を聞くたび、僕の知らない時間が、目の前に広がるようだった。

「寂しくないの?」
ある日、僕が聞くと、木はしばらく黙ってから答えた。
「寂しいよ。でも、覚えてくれる人がいれば、それでいい」

冬が近づいたころ、町に工事の張り紙が出た。
土手を整備するため、この木も伐られると書いてあった。
僕は胸がぎゅっと苦しくなって、その夕方、木に伝えた。

「ごめん。僕、何もできない」
木は、いつもより静かな声で言った。
「大丈夫。君と話せて、もう十分だ」

最後の日、夕焼けはいつもより赤かった。
「忘れないで」
木はそう言って、葉を鳴らした。
「君が覚えている限り、僕は消えない」

次の日、その木はもうなかった。
でも夕方になると、あの場所を通るたび、風の中に、懐かしい声が混じる気がする。

「今日はどうだった?」
僕は心の中で答える。
「うん、まあまあだよ」

そして僕は、誰にも聞こえない会話を続けながら、少しだけ大人になっていく。