町では年に一度だけ、「嘘の日」と呼ばれる日があった。
その日は、口から出た嘘がすべて本当になってしまう。
だから人々は、朝から慎重だった。
冗談も、照れ隠しも、軽い見栄も許されない。
八百屋の主人は「今日は大根が世界一甘いですよ」と言いかけて、ぐっと飲み込む。
子どもたちは「宿題やったよ」と言えず、正直にうなだれる。
役場の掲示板には大きく赤字で書かれている――嘘をつくな。町が変わる。
僕はその日、町外れの古い図書館へ向かった。
理由はひとつ。幼なじみの灯(あかり)に会うためだ。
彼女は三年前、突然町を出て行った。
理由を尋ねた僕に、彼女は最後に笑って言った。
「あなたのこと、なんとも思ってないから」
その言葉が嘘だったのか、本当だったのか。
ずっと分からないまま、今日を迎えた。
図書館は静かだった。
埃の匂いと、午後の光。
灯は窓辺に立っていた。
再会の挨拶をどうするか迷っていると、彼女のほうから口を開いた。
「この町、やっぱり怖いね。嘘が本当になるなんて」
「だから戻ってきたの?」僕は尋ねた。
問い自体が嘘にならないよう、慎重に。
灯はしばらく黙ってから言った。
「ううん。逃げてた。自分の気持ちから」
胸が詰まる。
僕は、言うべき言葉を選んだ。
選びすぎて、結局ひとつしか残らなかった。
「君がいなくなってから、ずっと寂しかった」
それは嘘じゃない。
だから何も変わらない。
ただ、灯の目が少し潤んだ。
彼女は小さく息を吸って、そして言った。
「私、あなたのことが好きだった。今も」
嘘の日だ。
もしこれが嘘なら、本当になる。
もし本当なら――本当のままだ。
外で鐘が鳴った。
夕方を告げる音。
町では誰かがうっかり「この町なんて消えてしまえばいい」と呟き、遠くで古い倉庫が霧のように消えたらしい。
灯は笑った。
「ね、怖いでしょ」
僕は首を振った。
「怖いけど、今日は一日だけだ」
彼女は頷いた。
「だから言えた」
日が沈むころ、嘘の日は終わる。
町は少し形を変え、いくつかの秘密を現実にしたまま、元に戻る。
その夜、僕と灯は並んで歩いた。
嘘が本当にならなくても、言葉が残るように。
明日からは、嘘をつかなくてもいい関係でいられるように。


