薄暗い六畳間の片隅で、壊れかけの目覚まし時計は今日も小さく息をしていた。
白い文字盤には細かな傷が走り、長針はときどきためらうように震える。
ベルを鳴らす金具も片方は緩み、もう片方は少し音程がずれている。
それでも、彼は自分を「役目を失った」とは思っていなかった。
持ち主の青年は、もう何年もこの時計に頼っていない。
スマートフォンの静かなアラームの方が正確で、優しいからだ。
だが、青年は時計を捨てなかった。
引き出しの奥ではなく、枕元に置いたままにしている。
理由は本人にもはっきりしない。
ただ、朝の光が差し込むとき、文字盤に反射するその古い輝きを、無意識に確かめている。
目覚まし時計は知っていた。
自分が完璧でないことを。
設定した時刻から五分遅れて鳴る日もあれば、力尽きて鳴らない朝もある。
それでも、彼には誇りがあった。
まだ「朝」を信じているという誇りだ。
眠りの向こうに一日があること、目を開けば世界が始まることを、ベルの代わりに静かな秒針の刻みで伝え続けている。
ある雨の夜、青年は珍しくスマートフォンの充電を忘れ、眠りに落ちた。
部屋は暗く、外の雨音だけが時を数えていた。
夜明け前、壊れかけの目覚まし時計は決意する。
今日だけは、遅れても、かすれてもいいから鳴こう、と。
ゼンマイは軋み、金具は震え、音は頼りなく跳ねた。
けれど、その不揃いなベルは、確かに朝を告げた。
青年は目を覚まし、しばらく天井を見つめた後、微笑った。
「ありがとう」と、小さく呟く。
その一言で、時計の中の歯車は満たされた。
完璧でなくても、必要なときに立ち上がれた。
それが、彼のひそかな誇りだった。
やがて時計は、また鳴らない日々に戻るだろう。
それでも構わない。
枕元で静かに時を刻み、朝の可能性を信じ続ける。
それが壊れかけの目覚まし時計の、生き方なのだから。


