影を探しに行った日

面白い

朝、ユウは目を覚まして気づいた。
自分の足もとに、いつも一緒にいたはずの「影」がなかった。

部屋の床はただ白く、窓から差し込む光だけが淡く伸びている。
手を振ってみても、立ち上がってみても、壁に映るはずの黒い形はどこにもない。

「どこに行ったんだよ……」

影がなくても歩けるし、しゃべれるし、ご飯だって食べられる。
けれど胸の奥が、ぽっかりと風の通る穴みたいに寂しくなった。
影は、怒ったときも泣いたときも、黙って足もとにいてくれた相棒だったのだ。

ユウは決めた。
影を探しに行こう、と。

母に「ちょっと行ってくる」とだけ告げて、ユウは家を出た。
影のいない足もとは、やけに軽くて心細い。
道を歩くと、人々の影が長く伸び、寄り添うように主人の後ろをついていく。
それを見るたびに胸がきゅっとなった。

最初にたずねたのは町外れの古い時計塔。
そこには時間を集める老人が住んでいるという噂があった。

「影をなくしたんです。知りませんか?」

老人は長いひげをなで、静かに首を振った。

「影というのはな、置き去りにされたと感じると、よくいなくなる。おまえさん、最近、影を忘れていなかったかね?」

ユウははっとした。
最近は友達と遊ぶのが楽しくて、夕焼けを一緒に眺めることも、影で遊ぶこともなくなっていた。
転んだとき、影が先に地面に落ちるおどけた姿を見て笑った日も、もう遠い。

「どこに行ったんでしょう」

「西へ行きなさい。沈む太陽が影をいちばん長くする。そこに、待っているものがある」

ユウは礼を言い、西の丘へ歩き出した。

道の途中、影を二つ持つ旅人に出会った。
一つは彼自身の影、もう一つは泣き虫そうな丸い影。

「拾ったんだ」旅人は言った。
「持ち主が忘れていった影をな」

「ぼ、ぼくの影じゃありませんか?」

丸い影はユウを見て、少しだけ揺れた。
でも、旅人は首を横に振った。

「違うね。この子の人は、まだ迎えにこない」

ユウはその影に向かって小さく手を振った。
影はおずおずと手を振り返してくれた。
それだけで、胸が少し温かくなった。

夕暮れが空を染めるころ、ユウは丘にたどり着いた。
橙色に沈んでいく太陽。
伸びた草の間には無数の影が横たわり、風に揺れていた。
持ち主を失った影たちが、寄り添うように重なり合っている。

「……ごめん」

ユウは声に出した。
誰にともなく。
でも確かに、自分の影に向かって。

その瞬間、足もとに柔らかな重みを感じた。
振り返ると、地面に小さな黒い形が寄り添うように張りついていた。
少し拗ねたような形をしている。

「帰ってきてくれたのか」

手を伸ばしても触れられない。
けれど影はユウの動きにぴたりと寄り添い、昔と同じように並んで揺れた。

影は言葉を話さない。
しかしユウにはわかった――待ってくれていたのだ、と。

ユウは影に背中を向けず、並んで家へ帰った。
夕焼けはゆっくり夜へ変わり、影は短くなり、やがて闇に溶けて見えなくなった。

それでももう、ユウは不安ではなかった。
見えなくても、ちゃんと一緒にいると知っていたからだ。