夕暮れの町には、人間の知らない道がある。
屋根と屋根の間、塀の上、路地裏の影。
その道を地図も持たずに歩く者たちがいた――野良猫探検隊だ。
隊長は、右耳の先が少し欠けた灰色猫のギン。
年齢は誰にもわからないが、町の匂いを読む力は誰よりも鋭い。
副隊長は白黒模様のミケ、細身で身軽、どんな隙間にも入り込める。
力仕事担当は大柄な茶トラのゴン、怖い顔に似合わず気が優しい。
情報収集係は黒猫のクロ、夜に溶けるような静けさを持っていた。
彼らの目的は、宝探しでも縄張り争いでもない。
探検隊は「危険な場所」と「安全な場所」を確かめ、子猫や弱った仲間に伝えるため、毎晩町を歩くのだ。
ある夜、クロが不穏な匂いを運んできた。
「川沿いの倉庫、変だ。
甘い匂いと、金属の冷たい気配がする」
ギンは尾を一度だけ振った。「行くぞ。確かめる」
倉庫の周りは静かすぎた。
人間の足音も、ネズミの気配もない。
ミケが高い窓から中を覗き、ひげを震わせた。
「箱が並んでる。
子猫が入り込みそうな隙間だらけ」
ゴンが低く唸る。
「危ないな」
その瞬間、奥から微かな鳴き声が聞こえた。
助けを求める、かすれた声。
「行くしかない」ギンは迷わなかった。
四匹は役割を分けた。
クロが影となって見張り、ミケが高所から進路を確保する。
ゴンは重い扉を体当たりで押さえ、ギンは匂いを追って奥へ。
鳴き声の主は、小さな三毛の子猫だった。
箱の隙間に挟まり、出られなくなっている。
ミケがそっと前脚を差し入れ、ギンが首元をくわえる。
ゴンが箱をずらすと、子猫はふるえながらも外へ転がり出た。
「だいじょうぶだ」ギンは低く鳴いた。
外へ出ると、クロが耳を立てた。
「人間が来る」
探検隊は一斉に動いた。
屋根へ、塀へ、影へ。
子猫はミケが背中に乗せ、迷わず安全な裏庭へ導いた。
夜明け前、いつもの高台で隊は集まった。
町は何事もなかったように目を覚まし、誰も彼らの働きを知らない。
それでいい、とギンは思う。
大切なのは、町の裏側が今日も静かであること。
太陽が昇るころ、探検隊はそれぞれの道へ散っていった。
だが夕暮れになれば、また集まる。
地図にない道を歩き、見えない危険を確かめるために。
野良猫探検隊は、今日も町の影で、確かに生きている。

