森の朝は、まだ薄い霧に包まれていた。
木々の葉の隙間から、やさしい金色の光が差し込み、眠っていた森の仲間たちをゆっくりと目覚めさせる。
そんな静かな時間の中で、一番早く動き出すのは――子リスのルナだ。
ルナは、森でただ一つの“小さなパン屋さん”の店主。
ふわふわのしっぽに小麦粉をつけながら、今日も大きな薪窯に火を入れる。
パン屋さんは、ルナのおばあちゃんがはじめたお店で、先月その仕事を引き継いだばかりだった。
まだ少し不安はあるけれど、ルナは森のみんなに喜んでもらえるパンを焼きたくて、毎朝頑張っている。
最初に焼くのは、お店の看板メニュー“木の実ブレッド”。
胡桃やヘーゼルナッツ、どんぐりの粉を混ぜ込んだ香ばしいパンだ。
生地をこねながら、ルナはおばあちゃんの口癖を思い出す。
「パンにはね、作る人の気持ちがそのまま入るんだよ。だから、どんな日も心をあたたかくして、ごらん」
ルナは深呼吸をして、生地をそっと手で包み込むように丸めた。
窯から甘い香りが漂いはじめると、森の道に「コンコン」と軽い足音が聞こえてきた。
最初のお客さんは、近所のウサギのミミだった。
「ルナちゃん、おはよう! 今日も木の実ブレッド、できてる?」
「もちろん! 焼きたてだよ」
ミミはパンを受け取り、ほわっと表情を緩める。
「はぁ、おばあちゃんの味とちょっと違うけど、これはこれで好きだなぁ。やさしい味!」
その言葉に、ルナの胸の奥が温かくなった。
続いて森の仲間たちが次々とやってくる。
クマのゴロウは大きな森のハチミツパンを楽しみにしていて、リスの兄弟リオとテオは甘いベリークロワッサンがお気に入りだ。
みんなが笑顔で帰っていくたびに、ルナのしっぽは嬉しそうにふわふわ揺れた。
しかし、その日の午前の終わり頃、ルナは一つの重大なことに気づいた。
「きゃあっ! どんぐり粉を切らしてる!」
木の実ブレッドに欠かせない材料だ。
明日の分も足りない。
ルナは急いで店を閉め、森の奥にある大きなどんぐりの木へ向かった。
どんぐりの木の下には、仲良しのフクロウのフウと、モモンガのソラがいた。
事情を話すと、二匹はすぐに手伝いを申し出てくれた。
「ルナちゃんが困ってるなら、任せてよ!」
「どんぐりなら、ぼくの滑空で高い所もすぐ取れるよ!」
三匹は協力して、どんぐりをたくさん集めた。
しかし、帰り道、急な風が吹き、大きな枝が倒れ道を塞いでしまった。
「どうしよう……パン作りの準備が間に合わないよ」
ルナが困っていると、フウが落ち着いた声で言った。
「ルナ、みんなに助けてもらえばいいんだよ。パン屋さんは一人でやるんじゃなくて、みんなと作るものなんだ」
その言葉に、ルナはハッとした。
町へ戻ると、森の仲間たちが集まってきた。
クマのゴロウは枝をどかしてくれ、ミミは集めた木の実を運ぶのを手伝い、リスの兄弟は粉挽きを担当した。
小さなお店は、まるでお祭りのように賑やかになった。
そして夕暮れ、ルナは集まった仲間全員に向けて言った。
「みんな、本当にありがとう。わたし一人じゃできなかった。パンって、食べる人の気持ちだけじゃなくて、作る人たちの気持ちもいっぱい入ってるんだね」
薪窯から焼き上がったのは、これまでで一番ふっくらした木の実ブレッド。
みんなで分け合うと、森中に幸せな香りが広がった。
ルナは空を見上げ、小さく微笑んだ。
「おばあちゃん。わたし、パン屋さんとして一歩前に進めたよ」
夜の森に、窓から漏れるあたたかな灯り。
小さなパン屋さんは、これからも仲間たちの笑顔とともに朝を迎えていくのだった。


