ウォンバットの小さな灯り

不思議

タスマニアの深い森に、「ルミ」と呼ばれる一匹のウォンバットが暮らしていた。
丸い体に短い足、そしてつぶらな瞳。
周りの動物たちは皆、彼を“のんびり屋のルミ”と呼んでいた。
実際、ルミは朝の陽が高くなるまで巣穴から出てこないし、歩けばとことこ、食べればもぐもぐとゆっくり。
急ぐという概念が、彼にはほとんど存在しなかった。

だが、ルミにはひとつだけ誰にも負けない特技があった。
それは、夜になると森の中で「光るもの」を見つける才能。
暗闇に潜む小さな光や、木の幹に反射する月の色、石の影に潜む光虫。
彼はそれらを集めては巣穴の中にそっと飾りつけ、夜を照らしていた。

ある日の夕暮れ、森に異変が起きた。
いつもなら森を柔らかく照らす月明かりが、その夜だけは雲に隠れてしまったのだ。
光を頼りに動く小さな動物たちは、道を見失い、木々の間で不安げに鳴き声を上げていた。

「困ったなぁ……みんな、帰り道がわからないよ」

耳を澄ませながら、ルミは巣穴の前で空を見上げた。
すると、胸の奥がじんと熱くなった。
自分の集めた小さな光が、役に立つかもしれない。
そう思うと、のんびり屋のルミにして
は珍しく、体が勝手に動き出していた。

ルミは巣穴に戻り、棚に飾っていた光虫たちの瓶や、夜露で輝く石、細い光の糸のように輝く苔を背中の袋につめこんだ。
重たかったが、気にしなかった。
森を照らすためなら、ゆっくりでも運ぶ価値がある。

森の広場に着くと、動物たちの不安げな目が一斉にルミを見つめた。

「ルミ、そんなにたくさんの光を……どうするの?」

小さなポッサムが尋ねる。

ルミは照れくさそうに笑いながら言った。

「みんなの帰り道、つくってみるよ」

そして、光をひとつひとつ丁寧に並べていった。
石の光は地面を照らし、光虫の瓶は木の枝にかけられ、苔の光は小道の輪郭を浮かび上がらせた。
森は静かに、少しずつ、星空のように輝き始めた。

「わあ……きれい……!」

動物たちの目に、希望の光が宿った。
ルミは胸の奥がじんわり温かくなるのを感じた。
自分の好きで集めてきた小さな光が、こんなにもみんなの役に立つなんて。

やがて動物たちは、それぞれ輝く小道に沿って巣へと帰っていった。
最後の一匹を見送り、ルミはふうっと息をついた。
背中の袋は空っぽになり、なんだか森そのものと一体になったような静かな満足感が広がった。

そのとき、雲がゆっくりと流れ、月が姿を現した。
銀色の光が森を照らし、ルミの毛並みに柔らかく降りそそぐ。

「ルミ、ありがとう」

どこからともなく風がそう言ったような気がした。

ルミはゆっくりと笑い、月明かりに照らされた小道をとことこ歩き始めた。

その夜以来、森の動物たちはルミのことを“のんびり屋”ではなく、“森を照らすウォンバット”と呼ぶようになった。

ルミはいつも通りゆっくり歩きながら、心の中に小さな灯りを灯していた。

それは彼自身が、森の光になった証だった。