夕焼けを追いかける人

面白い

赤く滲む空を見つめると、胸の奥に小さな灯がともし始める——そんな感覚を初めて覚えたのは、小学生の頃だった。
放課後、校庭の片隅で一人遊んでいると、夕陽が水平線に沈む瞬間、空の端が金色に揺れた。
まるで世界が呼吸するようなその光景に息を呑み、気がつくと家にあった古いインスタントカメラを手に走っていた。
その日から、茜(あかね)は夕焼けの虜になった。

成長するにつれ、彼女のカメラもインスタントからデジタル、そして本格的な一眼レフへと変わっていった。
しかしどれだけ機材が進化しても、彼女が愛する対象は変わらなかった。
夕焼けは毎日違う表情を見せ、二度と同じ色には出会えない。
その儚さが、茜をいつも外へと連れ出した。

二十代も半ばに差しかかったある日。
仕事で疲れ切って家に帰る途中、ふと空に目を向けると、見事な朱色が雲を染めていた。
ビルの谷間を抜けるように広がる光の帯。
久しぶりに胸が騒ぎ、茜は衝動のまま近くの河川敷へと走り出した。

土手に立ち、息を整え、カメラを構える。
シャッターを押す指がわずかに震えているのを感じた。
忘れかけていた感覚——夕焼けを撮ることは、自分を取り戻す行為なのだと気づいた。

それから茜は、仕事が終わると必ず空を見上げるようになった。
色づいた雲が見えれば走り、休日には海や山まで足を伸ばした。
撮った写真をSNSに投稿すると、少しずつフォロワーが増え、「あなたの写真を見ると心が落ち着く」とコメントが寄せられるようになった。
自分の小さな感動が、誰かの心に灯をともす。
それが茜をまた励ました。

そんなあるとき、地元のギャラリーから「夕焼けの写真展をしませんか」と声がかかった。
初めての個展。
嬉しさはあったが、それ以上に不安が押し寄せた。
自分の写真で人を感動させられるのだろうか。
足がすくみそうになったが、茜を後押ししてくれたのは一通のメッセージだった。

「あなたの夕焼けは、毎日を頑張る勇気をくれる」

ギャラリーの展示準備は忙しく、あっという間に開催日がやってきた。
壁一面を染める夕焼けのグラデーション。
訪れた人々は足を止め、ゆっくりと見入ってくれる。
写真の前で涙ぐむ人さえいた。
茜は胸の奥がじんと温かくなるのを感じた。

夕方になると、ギャラリーの外の空がほのかに赤く染まり始めた。
茜はそっと外に出て、カメラを手に空を見上げた。
雲の隙間から差す光が、燃えるような橙と桃色に変わってゆく。
美しい。
けれど、それだけではなかった。
今日の夕焼けは、まるで「ここまで来たね」と語りかけてくれるようだった。

シャッターを切る。
カメラの中に一瞬が閉じ込められる。
だが茜は気づいていた。
自分が追いかけていたのは、ただの夕焼けではない。
日々を懸命に生きる自分自身の姿であり、それをそっと支えてくれる誰かの思いだったのだ。

陽が沈みきる頃、茜は深く息を吸った。
これからも夕焼けを撮り続けよう。
どんな日でも、空は必ず優しい色を見せてくれる。
そのことが、彼女の人生を輝かせ続けるのだと知っていた。

そして、今日のこの一枚が、きっとまた誰かの心を照らすだろうと願いながら。