高原の町・ミストロッジには、朝になると不思議な音が響く。
チリン、チリン——まるで小さな鐘が風に乗って転がるような涼しい音。
それは、町と雲の上を結ぶ一本のゴンドラが動き出した合図だった。
ゴンドラの名前は「スカイメロウ」。
青い湖のような色をした古い車体だが、長年働いてきたおかげで町の誰からも愛されている。
車体の底には、風が吹くとほのかに揺れる風鈴が取り付けられており、その音が毎朝ミストロッジに優しく響いていた。
ある日、ゴンドラ係の少年・ルカは、定期点検のためにスカイメロウの扉を開けた。
すると、誰もいないはずの車内から、小さなくしゃみの音が聞こえてきた。
「……誰かいるの?」
ルカが身を乗り出して覗くと、座席の下から、ふわふわした白い毛玉のような生き物がとび出してきた。
丸い目、短い手足、そしてなぜか背中には小さな羽。
雲のかたまりの妖精——クラウドレットだった。
「ここ、気に入ったの。ふかふかして落ち着くから、住んでもいい?」
「いや、住むのは困るけど……今日は乗ってもいいよ」
クラウドレットは嬉しそうに羽をパタパタさせた。
その日、スカイメロウには、町のパン屋の娘ミナと、おばあさんのピリアが乗っていた。
空の上のマーケットへ向かう途中だったが、クラウドレットの姿を見ると、二人とも目を丸くした。
「まあ、雲の妖精じゃないの! 珍しいわねえ」
「ほんとだ……ふわふわしてる……触ってもいい?」
クラウドレットは誇らしげに胸を張り、二人に撫でられているうちにどんどん雲が増えるように大きくなっていった。
「わっ、ちょっと太らないでよ!」とルカが焦る。
「だって、みんなに触られると気持ちよくて……ふくらんじゃうの」
スカイメロウはそのたびに少しずつ揺れ、車体がミシッと鳴る。
しかしその揺れが、思いもよらぬ事件を引き起こした。
雲の上のステーションに近づいたとき、クラウドレットが突然、びゅうっと車外に飛び出した。
風の流れに乗って、ふわふわと遠ざかり始めたのだ。
「待って、クラウドレット!」とルカが手すりにしがみつく。
ミナもピリアも驚き、ゴンドラは急停車した。
その瞬間、風鈴が大きく鳴り響いた。
カランカラン——その音を聞いたクラウドレットが、ふと動きを止めた。
「いい音……あれ、わたし好き……!」
クラウドレットはゆっくりとゴンドラに戻ってきた。
しかし、風に乗って揺られたせいで、すっかり細く小さくなってしまった。
「大丈夫?」とルカがそっと手を差し伸べると、クラウドレットは嬉しそうにその手の上で丸くなった。
「このゴンドラ、やっぱり落ち着く……ずっと乗っていたい……」
「住むのはダメだけど、また遊びに来なよ」
クラウドレットはコクンとうなずき、雲のステーションに降り立った。
その後、スカイメロウは再びゆっくりと町へ向かって滑り出した。ミナは笑いながら言う。
「今日のゴンドラ便、特別だったね!」
「うん。まさか雲の妖精が乗ってくるなんて」
ピリアは風鈴の音に耳を澄ませ、穏やかな笑顔を浮かべていた。
「このゴンドラはねえ……昔から、ちょっとした奇跡を運んでくれるのよ」
窓の外には、白い雲が羊の群れみたいに広がっていた。
スカイメロウはその上をすべるように進んでいく。
揺れるたびに風鈴が優しく鳴り、どこか楽しい、冒険の予告みたいな音がした。
そしてルカは心の中でそっと思った。
——明日も、何か不思議な出会いがあるといいな。
こうして、ミストロッジのゴンドラ「スカイメロウ」は、今日も町と雲の世界を結びながら、誰かの小さな物語を乗せて走り続けている。

