高校二年の冬。
空気が痛いほど澄んだ夜、海斗は学校の裏山にある小さな天文台にいた。
冷えた金属の望遠鏡に頬を寄せ、息を止める。
今夜は流星群の極大日だ。
冬の星座がひときわ明るく瞬き、夜空の端から端へ、いくつもの光の筋が走っていく。
天体観測が好きになったのは、小学生の頃だった。
祖父に連れられて見た皆既月食がきっかけだ。
赤銅色に染まる月を、祖父は「宇宙の呼吸みたいだな」と言った。
その言葉がずっと頭に残っている。
祖父が亡くなってからも、海斗は夜空を見上げ続けた。
星を見ていると、いなくなった人にもどこかでつながっているような気がした。
「まだ観てるの?」
背後から声がして、海斗は振り向いた。
そこに立っていたのは、同級生の紗良だった。
冬用の赤いマフラーを首に巻き、吐く息が白く光っている。
「来ると思わなかった」
「約束したじゃない。流星群、一緒に見るって」
二人はベンチに並んで腰を下ろした。
頭上には無数の星。
静寂の中で、遠くでフクロウが鳴いた。
「願い事、考えた?」
「まだ。落ちてくるのを見てから決める」
紗良は笑った。
「欲張りだね」
風が冷たくて、指先がしびれる。
海斗はポケットから小さなノートを取り出した。
そこには観測した星の位置や、流れた流星の数が几帳面に記されている。
紗良が覗き込んで「まるで研究者みたい」と呟いた。
「将来、本当に天文学者になるの?」
「うん、たぶん」
「たぶん?」
海斗はノートを閉じた。
「星は好きだけど、遠すぎる。見えるのに、触れない。そんなものを一生追いかけていけるか、自信がないんだ」
紗良は少し黙って空を見上げた。
やがて流星がひとつ、静かに尾を引いた。
「触れないものでも、見続けられるのが本当に好きってことじゃない?」
その言葉に、海斗は小さく笑った。
「……そうかもね」
やがて夜が更け、流星の数が増えていく。
紗良はマフラーを半分ほど外して海斗の首に巻いた。
「風邪ひいたら、観測できなくなるでしょ」
「ありがとう」
「いいの。代わりに、願い事が叶ったら教えて」
「願い事?」
紗良は小さく頷いた。
「今の、落ちた星にお願いしたの。海斗が本当に好きなことを見つけられますように、って」
その夜、海斗は何も言えなかった。
けれど胸の奥で何かが静かに灯るのを感じた。
春が来る頃、紗良は転校した。
父親の仕事の都合で、遠くの町へ行ってしまった。
最後の日、駅で彼女は海斗に小さな封筒を渡した。
「開けるのは、次の流星群の夜にしてね」
そう言って笑い、列車に乗り込んだ。
そして一年後。
再び同じ丘の上で、海斗は望遠鏡を覗いていた。
空にはまた、無数の流星が走っている。
ポケットからあの封筒を取り出し、そっと開いた。
中には小さな折り紙の星と、一行のメッセージ。
「いつか、本物の星を見せてね。」
海斗は空を見上げ、深く息を吸い込んだ。
光は遠い。
でも、確かに届く。
彼はノートを開き、新しいページに日付を書いた。
「今日、初めて星を拾った気がする。」
ペン先が震え、インクが少し滲んだ。
その上を、流星がひとつ、静かに横切っていった。

