波間の緑の珠(たま)

食べ物

海ぶどうを初めて食べたのは、小学生の夏休み、沖縄の親戚の家だった。
陽射しが強く、砂が焼けるように熱い日。
縁側のテーブルに並んだ大皿の上で、ぷちぷちとした緑の粒が陽の光を受けてきらめいていた。
祖母が笑いながら「これが海ぶどうさ」と言って、酢醤油を少し垂らした小鉢を差し出してくれた。

一粒つまんで口に入れると、ぷちっ、と小さな音がした。
塩の香りと海のような風味が広がる。
なのに、苦くも生臭くもなく、どこか懐かしい味がした。
祖母は、「この粒の中には、海の風が詰まってるんだよ」と笑った。
それ以来、わたしは海ぶどうが大好きになった。

それから二十年。
東京の片隅で、わたしは広告会社に勤めている。
デスクの上には、仕事の書類が山のように積まれている。
海ぶどうのように瑞々しい日々とはほど遠い。
夜遅く、コンビニの明かりが唯一の味方のように思える帰り道、ふと立ち寄った沖縄料理店で、あの懐かしい緑の粒を見つけた。

店の奥で、小さな器に盛られた海ぶどう。
照明に照らされて、あのころと同じようにきらめいている。
箸で少しすくって口に運ぶと、ぷちぷち、と音がした。
――あの夏の縁側の風、祖母の笑顔、海の匂い。
すべてが一瞬にして甦る。
胸がじんと熱くなった。

店の人に話を聞くと、「仕入れが難しいんですよ。新鮮なまま運ばないと、しぼんじゃうんです」と言う。
それを聞いて、心のどこかが疼いた。
――あの海ぶどうを、また自分の手で見たい。育ててみたい。

会社を辞める決心をしたのは、その夜のことだった。
同僚には驚かれたが、不思議と怖くなかった。
むしろ胸が軽くなった。

数か月後、わたしは沖縄本島南部の海辺の町に移り住んだ。
祖母の家はもうなかったが、親戚のつてで、海ぶどうの養殖場を手伝わせてもらうことになった。
初めて見る養殖網には、細い茎の先に小さな粒がいくつも揺れていた。
まるで海の中に浮かぶ星座のようだ。

「海ぶどうはね、人間の気分に敏感なんだよ」
年配の漁師が笑って言った。
「焦ると、粒が育たない。気持ちを穏やかにして、潮と風を読む。そしたらちゃんと応えてくれるさ」

わたしは毎朝、海に挨拶するようになった。
波の高さ、風の向き、光の強さ――すべてが違う。
それに合わせて、海ぶどうの粒も表情を変える。

半年後、小さな粒がびっしりと茂り、陽の光を受けて輝く姿を見たとき、思わず声を上げてしまった。
それは、あの夏の縁側にいた幼い自分が、遠くから手を振っているようだった。

市場に出す日、祖母の写真を小屋の壁に飾った。
「見てる? おばあ。海の風、ちゃんと詰まってるよ」
誰もいないのに、潮風が頬を撫でていった。

夕暮れの海は、金色の光を散らしている。
わたしの手の中には、ぷちぷちとした小さな命。
東京で乾ききっていた心が、今は海の塩と光で満たされていく。

わたしは今も、毎朝海ぶどうに話しかけている。
――今日も元気? 海の風、ちゃんと感じてる?
答えるように、粒が小さく揺れる。

その瞬間、波の向こうから聞こえてくるような気がするのだ。
あの日の祖母の声が。
「ちゃんと、海と生きてるね」

わたしは笑って、空を見上げる。
海の緑の珠は、今日も静かに光っている。