夏の午後、窓から差し込む光が白いテーブルを柔らかく照らしていた。
ガラスの器の中で、白いアイスの中に黒いクッキーの粒がぽつぽつと顔をのぞかせている。
溶けかけたその姿は、まるで昼下がりの雲のように穏やかだった。
「クッキーアンドクリーム、久しぶりに食べたいな」
そう言ったのは、大学から帰ってきた娘の紗英だった。
冷凍庫を開けて、嬉しそうに器に盛りつけていく。
母の美香は、台所の片隅でその姿を見ていた。
あの子が小学生だったころ、よく一緒に作ったな――。
暑い日、外で遊んで帰ると、二人で牛乳と生クリームを混ぜて、砕いたクッキーを入れた。
古い冷凍庫では上手く凍らず、しゃりしゃりの半解凍アイスになってしまったけれど、紗英はそれを嬉しそうにスプーンで掬い、「お母さんの味だね」と笑っていた。
高校に上がるころには、紗英はあまり一緒に台所に立たなくなった。
勉強や部活に忙しく、会話も短くなった。
だからこそ、こうして突然「食べたい」と言ってくれたことが、美香には小さな奇跡のように感じられた。
「お母さんも食べる?」
「うん、少しだけ」
ガラスの器にふたくち分のアイスが盛られ、二人はテーブルを挟んで向かい合う。
スプーンを差し入れると、冷たい甘さと、ほろ苦いクッキーの香りが舌に広がった。
美香は思わず目を閉じる。懐かしい記憶の味。
「ねえ、これって不思議だよね」
「なにが?」
「白いのに、黒が混ざってて……苦いのと甘いのが一緒にある。ちょっと人間みたい」
紗英の言葉に、美香は笑ってしまう。
「確かにね。白だけでも、黒だけでも、きっとこんなにおいしくないね」
「うん。混ざってるから、落ち着く感じがする」
窓の外では、セミの声が遠くで鳴いていた。
冷房の風が少し強くなって、カーテンがふわりと揺れる。
ふたりの間に流れる空気は、いつもよりやわらかい。
「お母さん、私ね、秋からひとり暮らしするかも」
アイスの半分ほどを食べたところで、紗英が静かに言った。
「大学、家から通うんじゃなかった?」
「うん。でも、研究室が遠いから。友達と一緒に部屋を借りようと思って」
美香はスプーンを止めた。
胸の奥がきゅっと締めつけられるようだった。
けれど、紗英の表情は明るい。
新しい世界に踏み出そうとするまっすぐな瞳。
それを見たら、何も言えなかった。
「そっか。いいじゃない」
ようやく出た言葉は、それだけ。
「うん。でも……ちょっと寂しいかも」
「お母さんもよ」
笑い合う声が、ゆるやかに夏の午後に溶けていった。
器の底に残ったアイスが少しだけ溶け、白と黒の境目が曖昧になる。
その様子を見つめながら、美香は思った。
――親子も、こうやって少しずつ混ざって、やがて離れていくのかもしれない。
けれど、完全に消えることはない。
白の中にも、黒の中にも、互いの欠片が残る。
「今度帰ってくるとき、また一緒に作ろうね」
「うん。今度は冷凍庫、ちゃんと凍るやつにしよう」
「ふふ、そうだね」
ガラスの器の中には、ほんの少しのアイスが残っていた。
甘くて、少しほろ苦くて、そしてやさしい――クッキーアンドクリームの味。
外では夕立の前の風が吹き始めている。
紗英が立ち上がり、食器を流しに運んでいく。
その背中を見送りながら、美香はふと思う。
この味を忘れなければ、きっとどんな場所でも、心はつながっていられる。
白と黒が混ざり合うように、親子の時間も少しずつ溶けて、やがて新しい形になる。
そのことを、美香は少しの寂しさと、大きな誇りとともに感じていた。
そして、残りのひとくちを静かに口に運ぶ。
冷たさが舌の上で溶けていくと、胸の奥にもやさしい甘さが広がっていった。
――この味は、いつまでも消えない。