きつねの贈りもの

動物

山のふもとの小さな村に、一匹のきつねが住んでいました。
そのきつねは他のきつねたちとちがって、村の人間にいたずらをすることも、鶏をぬすむこともありません。
ただ、村の子どもたちが笑ったり、田畑で働く人たちが楽しそうにしているのを、木陰から静かに眺めるのが好きだったのです。

ある日、村に大きな嵐がやってきました。
山からの雨水が川にあふれ、畑の作物は流され、村人たちはしょんぼりしてしまいました。
食べ物も少なくなり、子どもたちの笑顔も消えてしまいました。

それを見たきつねは、胸がちくんと痛みました。
「わたしにできることはないだろうか」
きつねは考え、山の奥へ分け入っていきました。

山奥には、古くから不思議な泉があるといわれていました。
その泉には「ひとつだけ、みんなを幸せにする力」があると、山鳥たちがささやいていたのです。
けれど泉は険しい岩山の奥深くにあり、誰も近づこうとはしませんでした。

きつねは細い足で、石ころだらけの道を歩きました。
冷たい風にふかれても、つまずいても、心の中にはただひとつ――子どもたちの笑顔を取り戻したい、という思いがありました。

やっとのことで泉にたどり着いたとき、透明な水面に月が映っていました。
「どうか、村にもう一度、実りをください」
きつねが泉に願いをかけると、水面にやわらかな光が広がり、一枚の金色の葉っぱがふわりと浮かび上がりました。

その葉っぱを持ち帰ったきつねは、村の畑の真ん中にそっと置きました。
すると翌朝、畑には青々とした芽がいっせいにのび、村いっぱいに作物が実り始めたのです。

村人たちはおどろき、そして喜びました。
「なんということだろう! これでみんな生きていける!」
子どもたちも笑顔を取り戻し、歌をうたいながら畑を走り回りました。

でも、そこにきつねの姿はありません。
泉の力を使ったあと、きつねは静かに山の奥へ姿を消していたのです。

それからというもの、村では収穫のたびに、畑のすみに小さなきつねの人形を置くようになりました。
「これは、わたしたちに実りをくれた、やさしいきつねへのお礼です」
そうして村の子どもたちは、大人になってもその話を語りつぎました。

そして月のきれいな夜、ふと畑を見つめると――どこかで金色の尾をひらめかせるきつねの影が、静かに笑っているように見えるのでした。