深い森の奥、木々の隙間から柔らかな光が差し込む場所に、小さな診療所がありました。
丸太で作られた壁に、白い木の看板。
その看板には「アライグマ歯科」と書かれていて、森の動物たちはそこを「先生のところ」と呼んでいました。
先生の名前はリクト。
器用な前足と几帳面な性格を生かして、森の動物たちの歯を治す仕事をしています。
リクトは小さいころ、自分が虫歯で苦しんだ経験から「痛くなる前に治す場所を作りたい」と決意し、道具を集め、独学で勉強して歯医者になったのでした。
ある日の朝、診療所のドアがこんこんと叩かれました。
入ってきたのはリスの兄妹。
二匹は少し恥ずかしそうに口を押さえています。
「先生、クルミをかじっていたら歯が痛くなっちゃって……」
リクトは優しくうなずきました。
「じゃあ、口を開けて見せてごらん。大丈夫、痛くしないからね」
診察台に上がったリスたちは少し緊張していましたが、リクトが歌を口ずさみながら器具を整えると、不思議と心が落ち着いてきます。
細い歯に小さな虫歯が見つかりました。
リクトは慎重に削り、木の樹液から作った甘い薬で詰め物をしていきます。
「ほら、終わったよ。これでまた硬いクルミも食べられる」
リスたちはぱっと笑顔になり、「ありがとう!」と声を揃えて走り去っていきました。
昼ごろになると、今度は大きな患者がやってきました。
クマのゴローです。
ゴローは体が大きすぎて、診療所のドアを通るのも一苦労。
「先生、ハチミツを食べすぎて歯がズキズキするんだ……」
リクトは笑って言いました。
「甘いものの食べすぎはよくないよ。でも大丈夫、ちゃんと治してあげるから」
クマの大きな口をのぞき込むと、奥歯に大きな虫歯ができていました。
リクトは森で一番硬い木を削って作った特注の道具を使い、丁寧に治療していきます。
ゴローは最初「うー」とうめき声をあげていましたが、先生の穏やかな声に励まされ、最後まで頑張りました。
「よく我慢したね。
これからは歯磨きもしっかりするんだよ」
「うん! 歯を磨く歌、先生が作ってくれないかな」
リクトは少し考え、診療所の壁に「みんなで歌う歯磨きのうた」を貼り出しました。
それはやがて森じゅうに広まり、動物たちが歯を磨く習慣のきっかけになったのです。
夕方、診療所を片付けていると、最後の患者がやってきました。
小さなウサギの子どもでした。
「先生、歯は痛くないんだけど……ぼく、前歯が出っ張ってて、笑われるんだ」
その声は震えていました。
リクトはそっとしゃがんで目線を合わせます。
「それは痛みじゃないけど、大切な相談だね。歯は体の一部、心ともつながっているんだよ。少しずつ工夫していけば、君も安心できるようになる」
そう言って、木の枝で作った簡単な矯正具を見せました。
「時間はかかるけど、きっと変われるよ。大事なのは、自分を大切にすることだから」
ウサギの目に涙が光りましたが、それは希望の光でもありました。
「ありがとう、先生。頑張ってみる!」
その夜、診療所の窓から月の光が差し込んでいました。
リクトは診療台を磨きながら思いました。
「歯を治すだけじゃなくて、心まで軽くできる歯医者になりたいな」
森は静かに眠りにつきます。
だけど、動物たちは安心して眠れるのです。
なぜなら、どんなときもアライグマの歯医者さんが見守ってくれているから。
――それが、森の仲間たちにとって何よりの幸せでした。