町はずれの整備工場の片隅に、一台の古びたトラックが眠っていた。
青い塗装はところどころ剥がれ、荷台には小さな錆が浮かんでいる。
エンジンをかけると少し苦しそうな音を立てるが、それでも確かな力を残していた。
このトラックの持ち主は、四十代半ばの運送業者・高橋。若い頃に独立し、真っ先に手に入れたのがこのトラックだった。
彼にとっては相棒であり、家族のような存在だ。
最初の仕事は、近所の八百屋から頼まれた野菜の配達だった。
荷台いっぱいにキャベツや人参を積み、汗を流しながら市内を走った。
その時の誇らしさは今でも鮮明に覚えている。
やがて仕事は広がり、家具の配送や引っ越し、時には祭りの山車の部材まで運んだ。
荷台に積まれたものの数だけ、思い出がある。
しかし時代は変わる。
燃費の悪さや排ガス規制に押され、仲間たちは次々と新しいトラックへと乗り換えていった。
高橋の会社も、効率化を迫られて大型の新車を導入することになった。
古い相棒は整備工場に置かれ、次第に出番を失っていった。
ある日、高橋の一人娘・彩花が声をかけてきた。
「お父さん、このトラック、もう使わないの?」
「そうだな。そろそろ引退かもしれん」
「でも、私、このトラック好きだよ。小さい頃、よく荷台に乗せてもらって遊んだもん」
彩花は大学を卒業したばかりで、夢は町で小さなカフェを開くことだった。
その目は昔の高橋にそっくりで、やりたいことにまっすぐ向かっている。
数か月後、彩花はついにカフェをオープンした。
だが店舗の前には駐車場がなく、食材や大きな資材の搬入に困っていた。
そこで彼女が口にしたのは、思いがけない提案だった。
「お父さん、あのトラックを貸してくれない? 私のお店のために使いたいの」
高橋は驚いたが、心の奥では少し嬉しかった。
娘が自分と同じように、この古い相棒を大切に思ってくれている。
その気持ちが何よりも誇らしかった。
再び工場から引き出されたトラックは、彩花とその仲間たちの手で丁寧に洗われ、荷台は木の板で補強され、白い布で覆われた。
やがてそれは、移動販売用の小さなカウンターに生まれ変わった。
オープンの日、トラックの荷台からは香ばしいコーヒーと焼き菓子の匂いが漂った。
町の人々は「懐かしいな、このトラック」「まだ走れるんだな」と笑顔を見せ、次々と立ち寄った。
彩花のカフェは瞬く間に人気となり、古びたトラックは町の新しい名物になった。
夕暮れ、営業を終えた荷台に腰掛けながら、彩花がぽつりと言った。
「お父さん、このトラックがあったから、私の夢が形になったんだね」
高橋は静かに頷いた。
胸の奥に熱いものがこみあげる。
「そうだな。こいつはずっと、誰かの荷物と夢を運ぶために走ってきたんだ」
エンジンの響きは少し頼りない。
それでもトラックは今日も前を向いて走る。
荷台に揺れているのは、親から子へ受け継がれた約束のようなものだった。