ザクザクの記憶

食べ物

放課後の帰り道、健太は駅前の小さなスーパーに寄るのが日課だった。
目的はひとつ、クランキーチョコを一枚買うこと。
財布の中にある小銭を確かめながら、彼はお菓子売り場へ直行する。
並んだ板チョコの中でも、赤いパッケージのそれを見ると胸が少し躍るのだった。

クランキーチョコを好きになったのは、小学三年生の頃。
冬の夜、こたつで勉強をしていた時、母が「お疲れさま」と言って差し出してくれたのが最初だった。
銀紙をめくった途端に漂う甘い香り、そして一口かじった時のザクッとした軽快な音。
チョコレートの甘さとライスパフの香ばしさが混ざり合い、健太の舌に小さな花火が弾けたようだった。

以来、クランキーチョコは健太にとって「ご褒美」の象徴になった。
テストを頑張った日も、部活でくたくたになった日も、またただ落ち込んでいる時でも、あのチョコをかじると不思議と気持ちが軽くなった。
ザクザクとした音が、心の中の重たい靄を砕いてくれるような気がするのだ。

高校二年の春、健太は大きな試練に直面した。
サッカー部のレギュラー選抜。幼い頃からボールを追いかけてきた彼にとって、その座は憧れであり目標だった。
だが結果は補欠。
同期の友人が先にレギュラー入りし、悔しさと焦りで胸がいっぱいになった。

その夜、彼は机に突っ伏したまま、買っておいたクランキーチョコを手にした。
銀紙を剥がす指が震えていた。
――こんな時に食べていいのか。
自分は努力不足だったんじゃないか。
思考が渦巻く中、結局ひとかけらを口に入れる。
ザクッ、と乾いた音が響いた瞬間、涙がぽろぽろと溢れた。
悔しい気持ちと甘さが混じり合い、胸の奥にじんわりと熱が広がる。

「よし、次は負けない」
彼は拳を握った。クランキーチョコが背中を押してくれるように感じた。

それから健太は人一倍練習した。
朝練に欠かさず参加し、誰よりも長くグラウンドに残った。
時には疲れ果てて帰り道でベンチに座り込み、コンビニで買ったチョコを頬張った。
ザクザクという音は「まだやれる」と告げるリズムのようだった。

秋、健太はついにレギュラーの座を掴んだ。
初めての公式戦、緊張で喉が渇く中、母が差し入れに持たせてくれたのはやはりクランキーチョコだった。
ベンチで一口かじった瞬間、不思議と緊張がほぐれ、足が軽くなった。

試合は僅差で勝利。
観客席で母が涙を浮かべて拍手を送っていたのを、健太は忘れない。

高校を卒業した後も、彼のそばにはクランキーチョコがあった。
浪人時代の苦しい勉強も、大学での孤独な下宿生活も、その甘さとザクザクの音に支えられた。
社会人になってからも、仕事で失敗して落ち込んだ夜、机の引き出しから赤いパッケージを取り出すのが習慣となった。

――時は流れ、健太が三十歳を迎えた春。
結婚して、もうすぐ父親になる。
休日、彼はスーパーで見かけたクランキーチョコを思わずかごに入れた。
帰宅後、妻と並んでそれを割り、ひとつまみ口に入れる。

「ザクザクするね、これ。懐かしい味?」
妻の問いに、健太は頷いた。
「うん。ずっと俺を支えてくれた味なんだ」

数か月後、子どもが生まれた。
夜泣きや仕事の疲れでへとへとの毎日。
だが健太は冷蔵庫に常備しているクランキーチョコを見つめ、自然と笑みをこぼした。

「君が大きくなったら、一緒に食べような」

その日、彼は小さな赤ん坊を抱きながら、未来を思い描いた。
ザクザクと軽快な音を響かせながら食べるクランキーチョコは、これからも彼の人生の節々で、きっと温かな記憶を刻んでいくだろう。